登記簿に刻まれた咎
朝一番、事務所のドアが軋む音を立てて開いた。薄暗い曇り空の下、ひとりの年配女性が顔を伏せて入ってくる。ぼそりと口にしたのは、「この土地、調べてもらえませんか」という一言だった。
声には切実さが滲んでいたが、何が切実なのか、最初はよくわからなかった。ただ、ふとした違和感があった。提出された謄本は古く、そして不自然に新しい。
「シンドウさん、これ……所有者の死亡年月日と登記の日付、整合しません」
謎の依頼者が現れた日
「どうか、この土地を調べてください」
提出されたのは山奥の一軒家の土地に関する登記簿。現在の名義人は故人で、すでに亡くなって十年以上が経っていた。にもかかわらず、登記の名義変更がなされていない。
「相続がされてないだけじゃないの?」とサトウさんは言ったが、依頼者はかぶりを振った。「そんなはずありません、叔父は確かに遺言を遺していました」と。
どこか影のあるその目に、ただならぬ事情を感じた。
旧登記簿に残された不審な名義
故人の名義が今も生きている
調査を進めると、奇妙なことがわかった。名義人の死亡が記録された戸籍は確かに存在する。しかし、登記簿上では、その人物が死亡後にさらに一件、所有権移転の記録が付されていたのだ。
「死亡したはずの人が、不動産を手放す……? ゴーストオーナーってやつですか」
やれやれ、、、こんなミステリーはコナン君に任せたいところだが、現実はもっと地味で面倒だ。
司法書士の裏ノート
なぜか破られていた登記原因証明情報
保存期間を過ぎた申請書類の中から、ようやく一部のコピーを見つけた。しかし肝心の「登記原因証明情報」の箇所が切り取られていた。意図的に。
「これは……誰かが残した“空白”だ」と、ぼそっと呟くと、背後からサトウさんが言う。「空白って便利ですよね、事実すら消せる」
皮肉な笑みを浮かべながらも、私は彼女の言葉にゾクリとした。
サザエさん方式で浮かぶ名義ロンダリングの謎
土地の価値に隠された動機
調べれば調べるほど、土地の持つ異様な価値が浮かび上がってきた。もともとは何の変哲もない山林だったが、数年前に近隣でリゾート開発が噂され、価格が急騰していたのだ。
「土地成金になった気分ですかね」サトウさんは冷たく笑った。「でも、これってサザエさんの“波平名義の家をマスオが勝手に売っちゃった”的な事件じゃないですか?」
たしかに。笑い話では済まされない事態になってきた。
怪しい司法書士の影
かつての同業者との再会
過去の登記申請の記録には、見覚えのある名があった。私が駆け出しの頃に顔を合わせた、今は引退した老司法書士。彼が関わっていたのだ。
会いに行くと、彼は病院のベッドで私を見つめながら小さく笑った。「あれは、依頼主に頼まれて仕方なくな……私も、咎を負った」
彼の手は震え、真実を話すことができないまま沈黙した。
サトウさんの閃き
「この筆跡、前にも見ました」
決定的なヒントは、思わぬところから出てきた。偽造と思しき署名の筆跡。それが、事務所にある古い申請書のひとつと一致したのだ。
「つまり、犯人は……この土地の“真の所有者”をよそおっていた誰かってことですね」
「そしてそれを成立させたのは、誰かの“承認の印”だ」と私は呟いた。
調査の果てに現れた真実
連絡の取れない依頼者の正体
依頼者の女性は、実は偽名だった。戸籍上に該当する人物は存在せず、調査を続けるうちに、彼女が遺言を隠蔽した元名義人の遠縁であることがわかった。
不当な利益を得るため、名義人の死亡を伏せ、別人として登記の手続きを画策していたのだ。
「だから私に調査を依頼した……真実に気づかないフリを期待して」
咎は誰のものか
記録に残る者 記憶に残らぬ者
真実は紙に残る。しかし、その紙に書かれた名が、誰の意志によって書かれたのか。それは時に記録では測れない。
「名前なんてただの記号ですよ」と、サトウさんは淡々と言った。
記号に罪が刻まれるのなら、私の仕事は、きっとその咎を見届けることなのだろう。
最後の登記簿閉鎖処理
サインされた一枚の書類
私は法務局に向かい、閉鎖登記簿の手続きを終えた。全てが終わったあとの書類は、どこかひっそりとした空気を纏っていた。
印鑑を押した指に少し汗が滲む。それでも、これで一区切りだ。
法は過去を裁く。だが過去を赦すのは、いつも今の人間の覚悟だ。
その後の日常と小さな余韻
サトウさんのひとことが刺さる
事務所に戻ると、サトウさんがコーヒーを差し出した。「次はもう少し簡単な案件がいいですね。バトル漫画じゃないんですから」
「そうだな……せめて、ドラえもんの道具で解決してくれたらな」
やれやれ、、、現実は今日も、書類とペンと、嘘の名義でいっぱいだ。