その笑顔に嘘があった

その笑顔に嘘があった

朝の一報と依頼人の笑顔

その朝、電話の声は妙に明るかった。声の主は近くの町工場を経営しているという男性で、ある公正証書の作成について相談したいと言ってきた。 「では午後一で」と約束し、僕は通話を終えたが、なぜか胸の奥に針のような違和感が残った。

謎めいた登記相談と微笑みの理由

事務所に現れた男は、いかにも人当たりがよさそうな笑顔を浮かべていた。口調も柔らかく、丁寧だった。 が、提出された委任状の印影が、どこか均整が取れすぎているように見えた。サトウさんの眉がほんの少し動いたのを、僕は見逃さなかった。

公証人の前で交わされた言葉

「いやぁ、公証人の前だと緊張しますね」 そう笑う依頼人の口元には、妙な余裕があった。サインをする彼の手つきは、慣れたものだった。 公証人も特に疑いはせず、証書は形式通りに作成されてしまった。

被害者は公証役場の常連

数日後、ある銀行員からの照会で、あの登記が不自然であることが判明した。 調査の結果、署名された本人はすでに他界していたことがわかった。 つまり、あの時の委任状は死者の名を騙った偽造書類だったのだ。

名前と印鑑と笑顔だけが残った

それにしても、あの自然すぎる笑顔が今になって腹立たしく思えてくる。 名前も住所も、そして委任状に貼られた印鑑証明書も、すべて完璧に偽装されていた。 まるでアニメの怪盗が仕掛けたような周到さに、僕の背筋は冷たくなった。

サトウさんの毒舌分析が始まる

「シンドウさん、あれ、絶対詐欺ですよ。あんなに手慣れた署名、不自然すぎです」 彼女はすでに印影の傾きと筆跡を独自に照合していた。 「というか、どうしてその場で止めないんですか」と、当然のごとく塩対応。

シンドウのやれやれ調査開始

やれやれ、、、また厄介な案件だ。僕は観念して重たい腰を上げた。 過去の登記簿を引っ張り出し、男が関わったと思われる名義変更を洗い出す。 パターンはある。奴は同じ手口を繰り返している。

登記簿から見えてきた奇妙なパターン

数年前から、似たような委任状を使った登記が複数あった。いずれも死亡した人間の名前を利用していた。 住所は変えてあるが、字の癖が同じだった。 「これ、間違いない。同一犯よ」とサトウさんが確信を持って言った。

元野球部の勘が告げる違和感

ふと、僕の脳裏にあの依頼人の仕草が蘇った。あの左手の動き――利き手じゃないほうでサインしたように見えた。 いや、見せかけだったのか?それとも、二人組だったのか? 元野球部の癖で、フォームの違和感には敏感な僕は、そこに一縷の糸を感じた。

偽装された委任と二重の証明

登記申請書と公正証書を見比べたとき、微妙な印影の違いが見つかった。 微妙な傾きと余白の差。それは精巧な偽造でも、見逃せないズレだった。 「公証人も騙されてるってことですね」と、サトウさんが呟いた。

鍵を握るのは笑顔の筆跡

その後、筆跡鑑定士に依頼したところ、笑顔でサインしていた男と証書に署名した筆跡は一致しないという結果が出た。 つまり、公証の場にいたのは“別人”だった可能性が高い。 偽造を見破らせないための“笑顔”だったのだ。

公証人の証言とその曖昧な記憶

「ええ、たしかに、サインは本人がしたはずですが……たしか、帽子を目深にかぶっておられたような……」 年配の公証人は記憶をたどろうとしたが、手がかりは乏しい。 しかしその証言で、男が“顔を隠す努力をしていた”という確信が持てた。

不自然な取引と深まる疑惑

その後も出てくる不自然な取引履歴。 死亡者を名義人とした土地の一括譲渡、公証人の立ち会い付き、だが本人確認は不明確。 仕組まれた罠の匂いが、事務所の中に充満していた。

サトウさんが仕掛けた罠

「次、同じ手口で来たら、逆にこっちが証拠を握ってあげましょうか」 彼女は偽の登記簿を用意し、あえて罠を張ることにした。 意外にもその数日後、同一の手口で新たな依頼人が現れた。

もう一つの公正証書

その男が提出した資料は、前回と同じ形式、同じ笑顔だった。 が、こちらが仕掛けた“偽の公証印”に彼は気づかずサインをした。 それが証拠となり、警察への通報に繋がった。

真犯人は誰なのか

逮捕された男の裏には、不動産業者の影があった。 所有者不在の土地を狙った犯行だったらしい。 結局、男は雇われた“演者”に過ぎなかったのだ。

サインに隠された手口

彼らは死者の名義を使い、本人確認を緩く済ませる公証制度を突いていた。 サインを真似る訓練もしていたという。 それでも、笑顔までは偽れなかった。

最後に笑ったのは誰か

「ふふ、最後に笑ったのは、私たちってことですね」 サトウさんが珍しく、ほんの少し口元を緩めた。 僕は思わず「やれやれ、、、それは怖いな」と漏らした。

結末と司法書士の意地

事件は一段落し、偽造登記は無効に戻された。 本当に守られるべき権利者が、少しだけ安心して眠れるようになったと思いたい。 たとえ誰かが笑っていたとしても、その笑顔が本物かどうか、僕は見逃さない。

やれやれ、、、それでも仕事は終わらない

次の相談者が来た。手には資料の束、顔はにこやか。 笑顔を見るたびに、僕は少しだけ眉をひそめるようになってしまった。 やれやれ、、、司法書士ってのは、笑顔の奥まで読み取らなきゃいけない仕事なのかもしれない。

笑顔の裏にあった動機

すべての登記には動機がある。そして、その裏には必ず“理由”がある。 今回のように、それが犯罪であればなおさらだ。 今日もまた、僕は笑顔の向こう側を疑ってしまう――司法書士という、損な性分である。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓