午前十時の相談者
「結婚の準備をしていて……彼とマンションを買うんです」 そう言って訪れた女性は、華奢な身体に場違いなほど大きなハンドバッグを抱えていた。 平日の午前、他の予約もない時間帯だったが、妙に緊張しているのが伝わってきた。
結婚相談と登記相談
「共有名義で登記したいんです。ローンは彼が組む予定で、私は持分だけを記載して……」 ふんふん、と話を聞きながら、持参された委任状と印鑑証明を受け取る。 だが、どこかおかしい。言葉にしづらい違和感が、資料の隙間から滲み出ていた。
書類に混ざる違和感
文字が綺麗すぎる。いや、それだけじゃない。 筆跡と印影が合っていない。署名は手書きだが、印影だけが機械的に整いすぎている。 経験則が囁く。「これはコピーか、あるいは…?」
サトウさんの冷静な一言
「先生、これ。昨日と同じパターンですね」 声も表情も冷たいが、正論だ。サトウさんは委任状の端を指差した。 「この印影、微妙に右にズレてます。スキャナーのクセと同じです」
印影の位置がずれてます
スキャン→印刷→再提出。どこかで見たような不自然な配置だ。 普通なら気づかないかもしれないが、ウチには塩対応の天才がいる。 「真ん中に押すか、上の方にずれるのが人間です」と彼女は言う。
やれやれ、、、またか
詐欺か、偽装か、それともただの無知か。 やれやれ、、、せっかく今日は静かに書類整理でもしようと思っていたのに。 でも、この違和感は放っておけない性分だ。
婚約者の正体は誰だ
相談者が残していった婚姻予定者の名前を、登記情報から照会してみる。 すると、過去に別の女性と同様の申請をしていた記録が出てきた。 しかも、そこでも不自然な委任状が出されている。
登記簿謄本に記された名前
「この名前、三ヶ月前にも出てましたね」 サトウさんが素早く照合する。まるで探偵漫画の助手のようだ。 いや、助手どころか……彼女が名探偵だ。私はコナンでいう阿笠博士か。
委任状に潜む別人の痕跡
委任者の住所と連絡先が微妙に違う。過去の申請ともわずかに食い違う。 「これはおそらく、同一人物を偽って使い分けてます」 何のために? 財産狙い? 名義の切り替え? 恋愛を利用した詐欺の匂いがする。
コンビニで見たあの顔
昼休みに立ち寄ったコンビニで、ふと目を疑う。 先ほどの相談者が別の男と仲良さそうに弁当を選んでいた。 しかも、男は婚姻予定者とは別人。いや、過去に見た顔だった。
アイスと婚姻届
コンビニのコピー機に、彼らは何かを挿入していた。 その手には、やけにくしゃくしゃな婚姻届が握られていた。 「こっちの方が字が上手いでしょ?」と女性が笑う声が聞こえた。
偶然か、それとも罠か
これは偶然ではない。意図的なものだ。 数件の事案が線でつながりつつある。 この街で彼らは、同じ手口を繰り返している。
サトウさんの夜間調査
「夜、ちょっと様子を見に行きます」 とんでもない申し出だが、彼女の判断力は信頼に値する。 まるでキャッツアイのように、スマートに事実を拾ってくる。
名探偵キャッツアイばりの推理
「男は複数の女性と関係を持ち、名義変更を利用して金を回収しています」 不動産登記と婚姻届を交互に使い分けていたのだ。 その裏には、組織的な詐欺の構図があった。
あのマンションの管理人が鍵
サトウさんが突き止めたのは、詐欺グループの根城になっていた物件の管理人。 「彼も書類のやりとりに協力していたようです」 役者は揃った。舞台は整った。あとは引き渡すだけ。
印鑑証明の罠
偽造印影だけでなく、役所から取り出した本物の証明も混在していた。 そのからくりは「他人による申請代行」によるものだった。 委任状に実在の印鑑証明を添付すれば、役所は通す。
市役所職員の証言
「同じ女性が何度か、違う名前で取りに来てました」 市役所の窓口職員が、やや申し訳なさそうに答えた。 「でも、写真付きの本人確認書類は……全部それっぽく見えて」
女の顔と名前が一致しない
化粧と髪型、服装の違い。人の記憶はあいまいだ。 サトウさんは言う。「シンプルな詐欺ほど、誰も気づかない」 それがこの事件の恐ろしさだった。
もう一人の「彼女」
同じ手口で被害に遭った女性が、他にもいた。 複数の委任状に同じ印影、違う筆跡が並んでいた。 「まるでスタンプラリーですね」サトウさんが皮肉を言う。
二重人格か詐欺か
被害女性たちは皆、彼の話を信じていた。 彼は愛情を装い、法のスキを突いて名義と資金を操作していた。 それは恋じゃない。操作だ。制度の利用と人心の悪用だ。
婚約者の本当の狙い
最終的に、彼は別名義の口座を通じて金を吸い上げていた。 本当に狙っていたのは、登記の隙と心の隙。 それに気づいたのは、やっぱりサトウさんだった。
最後の対決
私たちは相談者を装い、最後の罠を張った。 「共有名義の登記をお願いしたいのですが」 彼は来た。そして……印を押した。
委任か愛情か、印影が語る真実
印影が重なった瞬間、彼の目にわずかな動揺が走った。 「この委任状は無効です。印影が改ざんされてますね」 サトウさんの静かな声が、部屋に響いた。
決定的な一手はサトウさんから
その場にいた刑事が一斉に動いた。 「詐欺容疑で連行します」 すべてはサトウさんのシナリオ通りだった。
結末とその後
被害届が出され、彼は逮捕された。 複数の登記詐欺と婚姻偽装が一挙に立証された。 残された女性たちは、少しずつ日常を取り戻していった。
婚約者は姿を消した
彼と行動を共にしていた女性――相談に来た彼女は、どこかへ消えた。 主犯か、操られていたのか、それは今も分からない。 だが、次に同じ手口を使えば、また我々が止める。
恋は委任できないという話
書類にハンコを押すように、誰かを愛することはできない。 恋は委任できないし、登記できるものでもない。 ただ、それを利用する者はいる。だから我々がいる。
シンドウのひとりごと
やれやれ、、、今日もまた騒がしい一日だった。 登記に恋愛相談、そして詐欺師。まるで劇場のようだ。 でもまあ、サトウさんがいれば、何とかなるんだろうな。
でも今日は少しだけ眠れそうだ
窓の外に秋の虫が鳴いている。 冷たい缶コーヒーを一口飲み、深く息を吐く。 少しだけ、静かな夜が来ることを願って。