封筒は空だった

封筒は空だった

封筒は空だった

「封筒の中、何も入ってなかったんですよ」と依頼人は言った。 立ち退き料として手渡されたはずの茶封筒。その中が空だったと知ったのは、契約成立の翌朝だった。 その一言が、静かな午後の事務所に不穏な風を呼び込んだ。

午後四時の電話

僕がその電話を受けたのは、役所から帰ってきたばかりの午後四時だった。 「封筒が空だったんです」と、受話器の向こうで女性が言う。声に怒りよりも混乱が滲んでいた。 「お渡ししたのは確かです」とのことだったが、いったい何が起きていたのか。

依頼人は地主ではなかった

サトウがさっと登記簿の写しを出してきた。彼女はすでに怪しいと踏んでいたらしい。 登記名義人は高山という人物。しかし、僕が会った依頼人は別の名前を名乗っていた。 どうやら、誰かが地主のフリをして立ち退き料を渡させたらしい。

消えた立退料の行方

不動産会社の担当者は「確かに封筒を直接手渡しました」と主張する。 手渡されたとされる封筒は、依頼人が持ち帰ったその夜、封を開けるまで誰の手にも触れていない。 だが中には、便箋一枚すら入っていなかったというのだ。

契約書に残された違和感

サトウが契約書をじっと見つめている。 「印紙の貼り方が変です。普通はここに、日付の上に貼りますよね?」 彼女の指摘を受けて見直してみると、確かに、どこか妙に整いすぎていた。

サトウの冷たい指摘

「シンドウさん、あなた、相手の身分証の確認してませんよね」 僕は思わず湯飲みの茶を吹き出しそうになった。 いや、いや、したつもりだった。だが、よくよく思い返せば、免許証のコピーをその場で確認しただけだった。

やれやれ、、、の再確認作業

「やれやれ、、、」僕はため息をつきながら、契約時のメモや資料を再確認した。 本物の地主なら、こんな抜けた契約書にはならないはずだ。 サトウの指摘通り、何かがずれている。何かが意図的に整えられた跡があった。

封筒の中に残された痕跡

封筒そのものを調べると、奇妙なことに気づいた。糊の跡が二重になっていたのだ。 「最初に封をしてから、もう一度剥がして中身を抜いた可能性があります」とサトウ。 封筒は見た目こそ整っていたが、素人の細工ではなかった。

不動産業者の不可解な沈黙

翌日、不動産業者に再度訪ねると、担当者は休みだという。しかも、連絡がつかない。 不在をいいことに逃げようとしているのか、あるいはすでにこの騒動から手を引いたのか。 いずれにせよ、この業者がグルである可能性が高まった。

契約書の筆跡を追って

契約書にサインした筆跡と、不動産業者が過去に関与した他の書類を照らし合わせる。 微妙に字の傾きが違う。文字に不自然な力の入り方がある。 別人が書いたのではないかとサトウが断言した。

鍵を握るのは朱肉の色

さらに決定的な違和感が。契約書の印影の朱肉の色が、業者側が通常使っているものと違っていた。 「この朱肉、ダイソーの安いやつですよ。業者が会議室に置いてるのはもっと濃い色のやつです」 日々観察を怠らないサトウの執念が、詐欺の綻びを突いた。

交渉現場にいたもう一人

封筒を渡す場に、実はもう一人いたことが、録音記録で判明した。 業者は「一対一」と言っていたが、被害者のスマホに残っていた音声は、三人分の話し声を拾っていた。 そのもう一人こそが、偽地主だった。

コンビニの監視カメラが捉えたもの

封筒を受け取った直後、依頼人が立ち寄ったコンビニの防犯カメラには、不自然なシーンが映っていた。 彼の後ろをぴったりついて歩く男、そして車に乗り込む瞬間に封筒をすり替えられたような動き。 完璧に見えていた取引の背後に、巧妙な詐欺が隠れていたのだった。

意外な人物の関与

その男の顔は、業者の社員でもなく、地主の関係者でもなかった。 調査の結果、彼は過去にも不動産詐欺で摘発されかけたことのある人物だった。 つまり、今回の詐欺は、前科者と業者が結託した仕組まれた劇だったのだ。

シンドウの最後のひらめき

「録音、封筒、朱肉、全部が揃えば、立証できるな」 僕はその足で警察に向かった。証拠の整合性をきちんと伝え、詐欺として立件できるよう訴えた。 しばらくののち、業者と偽地主の両名が事情聴取を受けることとなる。

空の封筒が語る真実

封筒の中には何もなかった。だが、その「何もなさ」が全てを暴いた。 被害者は全額を取り戻し、再契約は正式に地主本人と交わされた。 もう一度、サトウの観察眼と冷静さに助けられた形だ。

そして誰もが驚いた結末

事件のことをテレビが取り上げるという話が舞い込んだ。 「これでシンドウさんもモテるかもですね」とサトウが呟いたが、目は冷たかった。 僕は思わずぼやく。「やれやれ、、、次はもっと地味な案件がいいな」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓