依頼人は二度現れた
同じ書類 違う人物
午前10時。事務所のチャイムが鳴り、若い男性が登記の依頼にやってきた。手にしていたのは所有権移転登記の申請書類だ。何もおかしなところはないように見えたが、どこか視線を逸らすような態度が引っかかった。
シンドウの違和感
午後2時、まったく同じ書類を持った別の男が現れた。表情も口ぶりもまるで違う。だが、書類の内容は寸分違わぬものだった。登記簿の写しを片手に、シンドウは思わず眉をひそめた。
奇妙な登記の連続申請
所有権移転が三件連続
連日、似たような案件が持ち込まれていた。短期間に同じ物件の登記が連続して申請されるのは異常だ。しかも、関係者の名義がことごとく変わっているのだ。
住所と印鑑に潜む法則
じっと書類を見つめていたサトウさんがぼそりとつぶやいた。「これ、印影と住所が交互に一文字ずつ違ってるんですよ」。それはまるで、某アニメの暗号解読シーンのようだった。
サトウさんの冷たい指摘
「これ気づきませんでした?」
一言、突き刺さるように言われたシンドウは、肩を落としてファイルを閉じた。「そ、そりゃあ気づかないわけじゃないけどさ……」とごまかそうとするが、目は泳いでいた。
無言で差し出されたファイル
サトウさんが無言で手渡したのは、三年前の類似案件の控えだった。日付、名前、物件の種類、すべてが酷似していた。「これ、前も同じことされてません?」淡々とした声が刺さる。
旧登記簿に刻まれた痕跡
亡き所有者のサインの謎
物件の初代所有者は既に故人だったはずだ。だが、今回の登記申請には彼の署名があった。まるで『キャッツアイ』の偽造アートのように、精巧な筆跡が浮かび上がっていた。
書庫の奥で埃をかぶっていた写し
古い登記簿の控えを引っ張り出すと、サインの筆圧が決定的に違うことが判明した。「これは、たぶん別人の手だな」。埃を払いながら、シンドウは確信に近づいていった。
やれやれ、、、の一服
シンドウの喫煙室の独り言
ひとり事務所の裏の喫煙スペースでタバコに火をつける。煙と一緒に漏れたのは「やれやれ、、、こんなのが続くと身がもたん」という呟き。いつも通りの冴えない口調だった。
野球部時代の“サイン盗み”を思い出す
「バッテリーのサインも、相手がパターン化してたらバレるんだよな」──かつての自分を思い出しながら、ふと妙案がひらめく。その瞬間、目に光が戻った。
裁判所提出済みの嘘
登記済証が二通存在する
決定的だったのは、一つの物件に対して二通の登記済証が存在していたことだ。一つは正規の控え、もう一つは日付が微妙に異なっていた。明らかに手が加えられている。
裁判記録の改ざん疑惑
さらに調査を進めると、過去にこの物件が関わった調停記録が一部削除されていた。誰かが意図的に事実を歪めようとしていたのは明らかだった。
決め手は「受領証」
サトウさんの“コピー癖”
サトウさんが取っていたコピーの中に、偶然にもすべての申請書に押されていた“受領印”の微細な違いを示す証拠が残っていた。彼女の几帳面さが功を奏した。
端に写り込んだ受付印
通常なら切り落とされる余白に、異なる職員名が印字された受付印が写っていた。それは、改ざんが内部の人間によって行われたことを示していた。
登記官との対決
法務局での密談
シンドウはその足で法務局に向かい、静かに告げた。「御局、これはうちの案件では処理できません」。一拍置いて、内部調査の依頼が始まった。
「訂正申請じゃ済みませんよ」
登記官の顔がみるみる強張る。「これは訂正申請のレベルじゃない」と、真顔でファイルを閉じた。
犯人は司法書士だった
同業者の不正連鎖
調査の結果、複数の登記をめぐる不正に関与していたのは、地元の中堅司法書士だった。名前を聞いて、シンドウの目は一瞬揺れた。「あいつか……野球部の後輩だったな」
登録抹消へ向けた告発状
シンドウは無言で告発状に印鑑を押した。その朱肉の色が、妙に濃く滲んで見えた。
シンドウ 最後のひと言
「やれやれ、、、これでまた一つ信頼を失ったな」
事務所に戻ると、サトウさんがいつもより少しだけ温かい缶コーヒーを差し出してくれた。シンドウは小さく笑ってつぶやいた。「やれやれ、、、これでまた一つ信頼を失ったな」
サトウさんの冷たいコーヒーと淡い微笑み
「いえ、逆ですよ。ちょっとだけ株が上がったと思いますけど」 無表情にそう言いながら、サトウさんはすっと席に戻った。事務所にはいつもと変わらぬ静けさが戻っていた。