旧家の空き家と一本の電話
名義人はこの世にいない?
ぽつんと建つ古びた日本家屋。表題登記もされぬまま、何十年も空き家として放置されていたその家に、ついに買い手がついた。 登記申請の依頼が舞い込んだのは、月曜の午前中。だが、提出された資料を見た瞬間、僕は違和感を覚えた。 「これ、所有者って……もう亡くなってるんじゃないか?」と、つい声が漏れた。
申請書類に潜む違和感
サトウさん、冷静に突く
書類に目を通していたサトウさんが、目を細めた。「死亡届、平成十四年……この人、もう二十年以上前に亡くなってますよ」 まるでサザエさんの波平が知らぬ間に海外移住していたみたいな話だ。そんな馬鹿な、と思いながら再確認する。 表題登記がされていないということは、法務局にもこの家の存在が登録されていない。つまり、名義は宙に浮いている。
昭和の登記と平成の戸籍
相続放棄と知られざる長男
法務局で閉鎖登記簿を調べると、昭和五十年代に所有していたのは“村田善蔵”という男。申請書にはそのままの名前が書かれていた。 僕は戸籍を追い、相続関係を洗い出した。すると、戸籍にだけ記載されている知られざる長男の存在が浮かび上がった。 しかも、その長男は平成に入ってすぐ、相続放棄をしていた形跡がある。
あの日の火災と村の噂
表題登記の申請が招いた狂気
その家には、ある火災の噂がついてまわっていた。村では「善蔵は火事で死んだ」と囁かれていたが、死亡届は別の日付。 誰が火をつけたのか、事故だったのか、それとも……。今となっては真実は闇の中。 そして表題登記がなされぬまま年月が経ち、家だけが時代に取り残されていた。
やれやれ、、、思ったよりややこしい
権利証が語った真実
僕は机にひじをつきながらつぶやいた。「やれやれ、、、思ったよりややこしいぞ」 するとサトウさんが書棚から一通の封筒を取り出した。「司法書士の旧事務所から届いた資料です。中に、権利証が」 中身を見て、僕は息を呑んだ。そこには村田善蔵から、ある青年に譲渡する旨の私文書が綴られていた。
土地家屋調査士との奇妙な一致
紛失した印鑑証明の行方
土地家屋調査士の田代氏に連絡を取り、測量時の状況を聞いた。 「妙なんですよ。依頼主が“この家の鍵は父の知人が持っている”と説明してきたんです」 その“知人”こそ、例の私文書に登場した青年だった。僕はサトウさんと目を合わせた。「やっぱり、この青年が裏で動いてるな」
法務局に眠る過去
遺されたメモと不自然な契印
善蔵の名で申請された私文書の契印が、どうも不自然だった。筆跡も、昭和のものとは思えない。 そこで過去の登記簿に保管されていた印影を引っ張り出し、照合してみると……やはり別人。 それでも法務局の職員は言った。「形式的には否定できない。けど、何か臭いますね」と。
所有者不明とされた者の叫び
シンドウ、最後に一手を打つ
結局、僕はこの案件を“所有者不明土地”として家庭裁判所に移すよう提案した。 依頼主は顔をしかめていたが、これが一番筋が通る。「登記がなされていない遺志は、誰かが勝手に語ってはならないんですよ」 最後にサトウさんがぽつり。「それにしても、司法書士って地味に探偵ですよね」