登記簿に浮かぶ亡霊

登記簿に浮かぶ亡霊

登記簿に浮かぶ亡霊

朝イチの相談はいつも厄介な匂いがする

土曜の朝、コーヒーもまともに飲めていないうちに、事務所のドアがガチャリと開いた。
「あの……土地の売却についてご相談がありまして」
年配の男性が頭を下げながら、登記済証らしき封筒を手にしていた。その姿を見ただけで、胸の奥がズンと重くなる。

「土地が売れない」その一言から始まった

「この土地、父の代からのもので、今回売却しようと思ったのですが……」
書類を開くと、登記簿に記された名義はなんと昭和40年代のままだ。相続登記がされておらず、相続人の確認もされていない。
そして極めつけは、その土地の一部に第三者の仮登記が入っていた。

境界線の向こうにいるはずの人

「この人、ご存命ですか?」と登記簿を指差すと、依頼者は首をかしげる。
「いやぁ、母が言ってたような……でも、もう誰も詳しく知らなくて」
生きてるのか死んでるのかすら定かでない所有者に、今の時代の商談は通用しない。

不明な所有者と謎の公図

公図を取り寄せて驚いた。形状が実際の敷地とまるで違う。
まるでサザエさんのオープニングで、家が突然別物になるような感覚だ。
どこかに幽霊のような一筆書きが紛れ込んでいる気がした。

「やれやれ、、、」つぶやきながらも調査開始

古い謄本を片手に法務局の閲覧室へ。紙の山をひっくり返しながら、気づけば昼を過ぎていた。
「やれやれ、、、なんでこういうのばっかり俺に来るんだ」
文句を言いながらも、手は止まらない。司法書士とは、時に考古学者のような職業だ。

名義人の足跡をたどって

住民票除票、戸籍の附票、相続関係説明図。調べるうちに、名義人は既に30年以上前に亡くなっていたことがわかった。
だが、不思議なことに、名義人の娘とされる人物が数年前に登記に関与していた記録が出てきた。
――それは一体、誰が、何のために?

消えた相続人と現れた証人

役所の職員から「実はこの方、以前こちらに確認に来られまして…」と話を聞く。
どうやら登記を変更しようとした形跡があったが、なぜか途中で手続きが止まっていた。
その理由は「一筆だけ所在不明」な土地があったかららしい。

サザエさんもびっくりの戸籍ミステリー

戸籍を繰っていくと、名義人の子が結婚・転籍・改名と、まるで全国横断サザエさんスペシャル状態。
一人を追うだけで戸籍が7つを超えた。
「…こんなややこしい人生を送ってたら、そりゃ登記も忘れるよな」独りごちる。

サトウさんの冷静すぎる推理

「この仮登記、期限切れてますね。抹消請求すれば通ります」
コーヒー片手に淡々と指摘するサトウさん。
「あと、名義人の次男の死亡届が出てないのが妙です。戸籍取るならここ、抜けてます」
まったく、この人にだけは敵わない。

真相は古びた謄本の奥に

押し入れに眠っていたという昭和の謄本に、「土地交換契約書」の写しが挟まっていた。
そこには現れなかった登記が一筆記されており、仮登記の原因となる取引が示されていた。
だがそれは、契約未履行のまま、双方が亡くなっていた。

明らかになる不正な仮登記の影

相手方の子息が、未履行契約をもとに勝手に仮登記申請していた形跡が判明。
しかも、司法書士ではなく自称「登記アドバイザー」のような存在が関与していた。
お手製の申請書は、どこかルパン三世の偽造パスポートのように雑だった。

登記官の違和感と裏の意図

登記官に確認すると、申請時の資料の整合性に疑問があったというが、当時の受付担当がそのまま受けてしまったとのこと。
「まぁ、昭和の終わりですしね…」と苦笑いされ、こちらも「ですね…」としか返せない。
でも、それを利用した意図があったことは明白だった。

書類一枚が語る過去の罪

最終的にその仮登記は無効として抹消に至った。
しかし、そこには家族間の確執や、過去に葬られた争いが横たわっていた。
紙切れ一枚に詰まった人間模様を思うと、胸が苦しくなる。

境界杭が語った「もう一つの事実」

現地を訪れると、古い境界杭が掘り出され、その位置が公図と異なっていた。
つまり、そもそもの面積計算が誤っており、土地交換契約そのものが無効だった可能性もあった。
最初から誰も、正しい場所を知らなかったのだ。

最後に登記簿から消された名前

すべてが整理され、名義は無事に相続人へと移転された。
だが、仮登記の申請者の名前は、どこにも記録として残らなかった。
まるで、登記簿に浮かんだ亡霊のように、静かに消え去っていった。

今日もまた誰にも褒められず帰る俺

事務所に戻ると、サトウさんが既に帰り支度をしていた。
「ご苦労様でした」その一言だけを残して、彼女は帰っていった。
――やれやれ、、、俺も誰かに、もう少し優しくされたいもんだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓