朝一番の来客
朝の事務所にコーヒーの香りが漂う頃、ドアが控えめに開いた。
現れたのは、どこか挙動不審な中年男性。手には封筒を握りしめていた。
「すみません、以前こちらで登記をお願いした○○と申しますが……ちょっとおかしいことが起きまして……」
奇妙な依頼と登記済証の不在
話を聞くと、どうやら不動産売買の準備中に、肝心の登記識別情報が見つからないという。
「いや、確かにここでもらったと思うんですが、何度探しても見当たらなくて」
男性の目は泳いでいる。サザエさんで言えば、波平がマスオに雷を落とす前の顔だ。
サトウさんの冷静な一言
「登記識別情報の原本を事務所で預かることはありません。渡していないとすれば、もともと…」
サトウさんが目を細めた。まるで、灰原哀が蘭の鈍感さにため息をつくときのような冷たさだった。
私はただ、背筋が寒くなるのを感じて、机の引き出しをあさり始めた。
調査の始まり
依頼人が帰った後、事務所内での調査が始まった。
普段は使わない棚の奥、古い紙袋の中、あらゆる場所をくまなく探す。
私は気づいた。登記完了報告書の控えが、いつもの形式とどこか違う。
ファイル棚の異変
「あれ?この案件、PDF出力の日付が1日ずれてるな……」
普段うっかりな私でも、さすがにこれは見逃せなかった。
しかもその日のPCログイン記録には、私以外のアクセス履歴があったのだ。
元依頼人からの不可解な電話
その日の午後、元依頼人から再び電話があった。
「実は……実家に帰ったら、何故か封筒が届いてて……中に識別情報があったんですよ。宛名はなくて……」
まるでルパン三世が次元の帽子にこっそり宝石を忍ばせたような、そんな妙な気配。
登記識別情報が消えるまで
このあたりから、話は一気に怪しくなっていった。
どうやら一度事務所のPCから識別情報が出力され、その後削除されている。
記録には残っていないが、削除されたログだけがぽっかりと空白を作っていた。
電子化と紙の隙間
紙とデータの間には、魔物が棲んでいる。
デジタルで生成されたものが、紙になった瞬間に誰の手を経たかが曖昧になる。
この魔物に取り憑かれたのは誰だったのか。
不動産会社との微妙なやり取り
「ええ、確かにその書類は一度スキャンしましたよ。でも原本はそちらに戻しました」
不動産会社の担当者は、自分のセリフが台本であるかのように正確だった。
だがその目は、どこか泳いでいた。まるで犯人に近いモブキャラのように。
サトウさんの推理
「一度出力された識別情報が、PDFで保存され、USBに入れられた形跡があるんです」
サトウさんが提示したのは、使用履歴が消去されたUSBの操作ログだった。
「つまり……内部の誰かが……?」と私は口ごもった。
ロジックと感情の交錯
証拠は不完全だったが、流れは一つの人物に向かっていた。
登記情報を一度社外に持ち出し、その後匿名で送り返した者。
「やれやれ、、、またこんなややこしい事件かよ」と、思わず呟く。
USBと古いPCの伏線
一年前まで使っていた古いノートPC。そのログイン履歴に、なぜかその日付の使用痕跡。
まるで名探偵コナンの阿笠博士の発明が、唐突に伏線を回収するような展開。
これは計画的ではなく、うっかりと後悔が混ざった「罪」だった。
そして浮かび上がる一人の名前
その人物は、司法書士会の元職員だった。
かつて私と一緒に仕事をしたことがある、気の良い男だった。
どうやら退職後も、私のIDと古い端末を使える環境にあったらしい。
キーマンは司法書士会の内部
「退職時にデータの扱いを甘くした私にも責任はあるな……」
古いIDの管理と、USB端末の認証ミス。全てが小さな油断の積み重ねだった。
彼は今、地方の実家で農業をしているらしい。深夜にメールで謝罪が届いた。
やれやれ、、、またこのパターンか
「結局、最後に尻ぬぐいするのは俺なのか……」
私は苦笑しながら報告書をまとめる。サトウさんは無言で珈琲を差し出してきた。
その視線は冷たいが、ほんの少しだけ優しさが混ざっていた。
真相と告白
この事件、犯人は明確に処罰されない。
だが、全ての操作履歴と関係者への聞き取り記録は、司法書士会へ報告された。
そして私は一つの教訓を得た。—古いIDを放置してはいけない。
かつてのミスと贖罪
人は間違える。それでもその後に何をするかが大事だ。
元職員のメールは、丁寧で、そしてどこか悲しげだった。
私は返信で、簡潔に「気にするな。次から気をつけろ」とだけ書いた。
サトウさんのため息と小さな笑い
「これでやっと仕事に戻れますね」
サトウさんはそう言って、書類の山を指差した。
私は苦笑いを浮かべながら、「はいはい、次いきましょうか」とだけ言った。
静かに閉じるファイル
ファイルの最後のページに、控えとしてPDFを添付して保存する。
もう誰にも、この識別情報は盗めないし、消されることもない。
私はPCを閉じ、カーテンの隙間から午後の光を眺めた。
情報は戻ったが信頼は
識別情報は戻ったが、完全な信頼は取り戻せない。
それでも仕事は続いていく。今日もまた、新しい依頼が来る。
「ま、人生ってのは、そんなもんでしょう」と、私はひとりごちた。
そしてまたいつもの日常へ
事務所の電話が鳴った。サトウさんが無表情で受話器を取る。
「司法書士のシンドウです。どうされましたか?」という声が、静かに部屋に響いた。
私は背筋を伸ばして、次の事件に備えることにした。