午後の電話は不穏の始まりだった
受話器越しの男の声はどこか怯えていた。
「そちらにお願いした登記、まだ完了してないって言われたんですけど……」
唐突なその一言に、頭の中が一瞬真っ白になった。登記申請は済ませたはずだ。
書類にも、オンライン送信の完了記録が残っている。しかし――完了していない?
依頼人は隣町の古い地主
名字も屋号も土地も古い。
かつて水田だった土地に分譲住宅が立ち並ぶ中、ぽつんと残る広い屋敷。
その持ち主、田代という男は、言葉少なに、そして不機嫌に事務所を訪れた。
「とにかく、すぐ調べてくれ」それだけ言い残して、さっさと帰ってしまった。
消えた登記完了通知の謎
送信履歴は存在するのに通知がない。
オンライン申請システムにアクセスすると、確かに申請番号は存在した。
しかし、ステータスは「受付済」で止まったまま。完了の記録が一切ない。
これは、処理漏れなのか、それとも……誰かが止めた?
サトウさんの冷静な一言
「なんか、変ですね。わざと止められてる気がします」
僕がパソコン画面を前にうなっていると、隣でサトウさんがそうつぶやいた。
顔色一つ変えず、カチャカチャとキーボードを叩く彼女は、まるで刑事ドラマの捜査官のようだった。
「人為的な何かを感じますね、これは」サトウさんの目が鋭く光る。
登記簿の時系列に不自然な空白
田代家の過去10年の登記を遡ってみる。
通常、固定資産税の変動や相続により、数年に一度は何かしらの動きがあるものだ。
だが、田代家の土地には、7年間一切の変動がなかった。
その沈黙の中に、何かを隠す意図があるように思えてならなかった。
過去の登記記録を洗い直す
旧式の紙の登記簿謄本まで引っ張り出す。
倉庫の奥から取り出した分厚いファイルを開くと、滲んだインクと汚れた紙が過去を語り出す。
7年前、田代家の名義が一度だけ「田代太一」から「田代三郎」に変わっていた。
その後すぐに「太一」に戻っている。これは……。
やれやれ、、、今度は市役所か
登記と住民票は車輪の両輪だ。
「市民課、戸籍課、不動産課、全員集合みたいな気分ですね」
サトウさんが皮肉っぽく笑う。僕はため息をつきながらも、車に乗り込んだ。
やれやれ、、、これだから夏の調査は疲れる。
名義変更がなされた形跡なし
住民票には不自然な抹消履歴があった。
「田代三郎」はすでに死亡していた。7年前、名義を一時的に移した後、突然の死。
だが、不思議なことに、死亡届の日付と登記の名義戻しが一致していなかった。
「誰かが、死ぬ前に名義を戻したんです」サトウさんがまた鋭く指摘する。
真の依頼人は誰だったのか
田代太一は、父ではなく兄だった。
実は依頼してきた「田代太一」は、隣町の地主本人ではなかった。
依頼に来たのは、兄の名を騙った田代四郎――三男だった。
そして、実際の登記申請には、兄・太一の実印が押されていた。
地主の息子が語った衝撃の事実
「あれは、父じゃなく兄貴の仕業です」
屋敷を訪ねると、応対した息子が驚きの証言をくれた。
「兄は父の死を偽って、自分が名義を戻したんです。税金対策だと……」
その結果、今回の登記も「兄の名義」で進んでいたのだった。
書類偽造と司法書士の落とし穴
印鑑証明も住民票も完璧だった。
だが、それらはすべて兄・四郎が緻密に仕込んだ偽造だった。
印鑑証明書は偽造専門の業者に頼んだもの、市役所の押印まで模倣されていた。
僕が騙されたのも無理はない……と言い訳したくもなる。
サトウさんの推理と一枚のFAX
「この日付、郵送では間に合いません」
登記申請書に貼られた送信FAXの証跡。そこに記載された時刻が、郵送のタイムラインと合わなかった。
「この書類、誰かが役所内で直接差し替えたか、内部協力者がいたとしか」
僕は驚きながらも、彼女の目の鋭さに舌を巻いた。
登記の裏にあった家族の分断
登記は、時に家族の亀裂を映す鏡だ。
三男・四郎は、家を継がせてもらえなかった恨みから、父の死をきっかけに兄を出し抜こうとした。
登記完了が止まったのは、太一本人が気づき、法務局に相談したためだった。
僕はすべてを報告し、申請の訂正と手続きを再申請することになった。