不受理の恋と未提出の真実

不受理の恋と未提出の真実

不受理通知が語るもの

午前十時、机の上に戻ってきた一通の封筒が、今日の波乱の始まりだった。役所からの不受理通知書。内容は「添付書類不備により受理できません」。何の変哲もない言い回しだが、妙に胸に引っかかった。

封筒の差出人は、昨日事務所に訪れたばかりの依頼人・相川玲奈。婚姻に関する登記申請だった。書類も一通り揃っていたように見えたが——どうも様子がおかしい。

役所から戻ってきた申請書

登記申請書に添付された戸籍謄本が、一見正しく見えて実は期限切れだった。「そんなこともあるよな……」と呟きながらも、心はザワつく。期限だけではない。提出者名がかすれて読めなかった。

まるで、故意にボカしたような署名だったのだ。登記は正確であることが命。これは単なるミスでは済まされない何かがある——そんな直感が働いた。

依頼人の様子がおかしい理由

思い返すと、相川は終始落ち着きがなかった。サトウさんとのやりとりもぎこちなく、視線を合わせようとしなかった。書類の説明をしていても、どこか心ここにあらずといった感じだった。

「恋愛ドラマにありがちな、隠された真実があるとかじゃないでしょうね……」サトウさんの皮肉が耳に残る。そう、これはきっと“恋”にまつわる事件だ。

登記相談の裏側にあった恋

登記手続きは感情を排したドライなもの。しかし、依頼人の背景にある「想い」は無視できないことが多い。今回の申請も、単なる手続きでは終わらない気がしてならなかった。

玲奈の言葉の端々に見え隠れする誰かへの未練。提出された戸籍に記された前婚の記録。その消し方があまりに乱雑だった。

サトウさんの冷静な指摘

「これ、前の婚姻関係を急いで抹消したように見えませんか?」とサトウさん。確かに、戸籍の訂正が通常より多く、まるで何かを隠すようだった。妙だ。

「しかも、婚姻相手の氏名が…ない。」彼女の指摘に、寒気が走った。名前が空白になった書類など、初めて見た。

申請人の動機に潜む感情

もしかして、登記の申請は“復縁”のためだったのか?あるいは、亡き恋人に対する供養的な意味か?申請書に印字された「婚姻予定者」の欄に記されたのは、既に死亡している人物の名だった。

婚姻できない相手への未練。これは法的に不成立、つまり「不受理」なのは当然。しかし、それでも彼女は出した。そこにこそ“真実”が眠っている。

行方不明の添付書類

通常なら必要な本人確認書類が、書類束から抜け落ちていた。預かり時には確かに確認した。誰かがすり替えたのか?あるいは、最初から“空”だったのか?

申請者が偽名を使っていた可能性もある。だとすれば、彼女は一体何者だったのか?恋人への未練を法的手続きで綴ろうとしたその理由は。

封筒の中身がすり替わっていた

中を再確認すると、1枚だけ他の書式とは違う紙が混ざっていた。それは登記に必要なものではなく、一通のラブレターだった。手書きで「あなたの姓になりたかった」とある。

……やれやれ、、、ラブコメじゃあるまいし。だが、涙腺にくるものがあった。

恋文か証拠書類か

形式的には証拠能力ゼロ。しかし、心情的には一級資料だ。ラブレターの筆跡と、申請書の署名の筆跡が一致している。彼女は間違いなく、真剣だったのだ。

亡き婚約者との“叶わぬ約束”を、形だけでも実現しようとしていた。その手段が登記だったという、なんとも切ない話だ。

司法書士が探す真実

事件ではない。詐欺でも偽造でもない。ただ一つの未練が、形式上の“事件”を引き起こしたのだ。けれど、私はその真実に、踏み込まずにはいられなかった。

この仕事をしていて、時折こうした“情”に出会う。法律の網目からこぼれ落ちる涙。その一滴を救えたらと思ってしまう自分がいる。

遺言執行との奇妙な接点

亡き婚約者の遺言が残っていた。内容は、「相川玲奈にすべての財産を譲る」ただし、公正証書ではなかった。形式的には無効。でも、その文面の端に、こう書かれていた。

「もし可能なら、彼女と“家族”として登録してあげてください」——誰かに向けた言葉。登記官に?それとも、私のような司法書士に?

旧姓のままの登記簿

何も変わらなかった。相川玲奈の名前は、今も旧姓のまま。婚姻は成立していない。だが、彼女の提出した登記申請は、心の中ではきっと「受理」されたはずだ。

「書類としては無効です。でも気持ちは、本物だったんでしょうね」とサトウさんがつぶやいた。

隠された申請意思

“誰にも知られずに愛を証明したい”そんな気持ちが、今回の登記申請には宿っていた。これは犯罪でも迷惑行為でもない。ある種の“供養”だったのかもしれない。

いや、それすら超えた“祈り”だったのだろう。

なぜ本人確認資料が差し替えられたのか

死後に使われた免許証。それは彼のものだった。玲奈は、それを使って「二人分の気持ち」で申請しようとした。罪には問えないが、制度は受け入れない。

だが、私は一言だけ言って封筒を返した。「この書類は、あなたの中では、受理されたことにしておきましょうか」と。

「代理申請」の罠

本件は登記代理ではなく、想いの代理だった。彼女は、亡き恋人の意思まで背負ってしまっていたのだ。それは重すぎる。でも、断ち切るには惜しすぎる。

……やれやれ、登記の世界にはまだまだ、私の知らない物語があるらしい。

調査の果てに浮かぶ一人の名前

婚姻届も、登記申請も、戸籍謄本も、全てに現れるもう一人の名前——椎名浩二。相川玲奈の婚約者であり、半年前に急逝した男性。彼の存在こそが、事件の核だった。

亡き恋人との“約束”を実現しようとしたその行為に、法律は追いつけなかった。

登記簿にない婚約者

椎名浩二の名前は、結局登記簿に刻まれることはなかった。だが、相川の心の中には、しっかりと刻まれている。そして、その証人となるのがこの封筒一つ。

「きっと、これが彼女にとっての“登記”だったんでしょう」と私は言った。

サザエさんに例えるなら波平の無念

家族として名を連ねることは叶わなかったが、心の中では“波平”のように家族を想い、怒り、そして泣いたのだろう。あまりにも人間的な、不器用な愛情だった。

この件は、事件ではない。けれど——確かに、“心に残る”出来事だった。

やれやれ、、、の一手

封筒を閉じ、私は立ち上がる。「よし、昼飯でも行こうか」思わずサトウさんが「えっ」と返す。ああ、どうやらこっちの“受理”もなかなか難しそうだ。

やれやれ、、、仕事も恋も、不受理が続くようだ。

元野球部のカンが当たる時

この仕事、野球と少し似ている。読みとカンと根性で、バットを振るタイミングを見極める。今回も、なんとかヒットを打てた気がする。

ホームランじゃなくていい。見逃し三振じゃなければ。

公証役場に残されたもう一つの真実

数日後、公証役場から連絡があった。椎名浩二が生前に作成した草稿が残っていたとのこと。そこには、「玲奈が書類を出したなら、それは俺の意志でもある」と。

ようやく“受理”された、亡き恋人の意思だった。

再提出された申請書

数週間後、相川玲奈から一通の手紙が届いた。そこには、あの時の申請書と、新たな申請書が同封されていた。今度は、自分一人の名前で。

彼女は前を向いたのだ。

今度こそ「受理」された想い

正式な書類、正しい添付資料。すべて完璧だった。私は黙って登記手続きを進めた。彼女の未来のために。

法は過去を裁き、未来を導く。そうでなければ、意味がない。

サトウさんの一言に救われる

「こういうの、たまには悪くないですね」珍しくサトウさんが微笑んだ。私の方が救われた気がした。やっぱり、相棒がいてこそだ。

……恋は不受理かもしれない。でも、希望は常に“受理”されると、信じたい。

事件のまとめと教訓

今回の件で学んだのは、法律はすべてを受け止められないということ。そして、そこに人間の心が介在する余地があるということ。

その“余地”を、見失ってはいけない。私たち司法書士の役割は、ただ書類を通すだけではないのだから。

恋も申請も誠実さが要

誠実であること。ルールを守ること。そして、何より“相手の立場”を考えること。それが、この仕事にも、恋にも必要なのだと思う。

不受理の恋だったかもしれない。でも、誠実な申請だった。私は、そう記録しておこうと思う。

ただし、添付資料は忘れるな

それでも現実は厳しい。誠実さだけでは登記は通らない。だから——「添付資料は絶対に忘れるな」。これは今回の最重要教訓である。

……まったく、恋も登記も、手間がかかる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓