書類の山と不穏な電話
見慣れない家庭裁判所の通知書
朝、いつものように事務所に入ると、机の上には家庭裁判所からの封筒がひとつ。差出人を見るまでもなく、嫌な予感が背中を伝う。開けてみると、未成年後見人に関する調査協力の依頼だった。 封筒には「任意調査」と書かれていたが、その実態はほぼ強制に近い。内容を読みながら、思わずため息が漏れる。未成年後見制度の闇に、また足を突っ込む羽目になったらしい。 それにしても、今回の後見人は現役の司法書士。業界でもそこそこ名の知れた人物だった。何かがおかしい。
未成年後見人の報告義務と逸脱
後見人には定期的に財産管理や生活状況を家庭裁判所に報告する義務がある。それを怠れば重大な処分対象になる。だが今回のケースでは、その報告が一度も提出されていないらしい。 問題の未成年者は、両親を事故で失った高校生の少年。財産はそれほど多くはないが、遺された賃貸アパートからの家賃収入が月に十数万円あったという。 そのお金が、口座から少しずつ消えている。振込先は名義が異なる複数の個人口座だった。
サトウさんの眉間と紅茶の温度
無言のツッコミと冷えた眼差し
「また、ややこしいやつですね」 サトウさんが淹れた紅茶を机に置きながら、眉間にシワを寄せる。その目はすでに事態の複雑さを見抜いていた。さすがだ。 「この後見人、報酬請求してませんよ。帳簿上は」 「報酬なし?ボランティアじゃあるまいし、逆に怪しいな」
後見制度支援信託って何ですか?
「ちなみに支援信託は使われてません」 「ってことは、通帳とハンコを後見人が自由に扱えたってことか」 未成年後見制度の中でも、支援信託を使っていないケースはリスクが高い。それだけ後見人の裁量に委ねられる部分が多くなる。 そして、被後見人である少年は施設で暮らしており、後見人との接触もほとんどなかったという。やれやれ、、、これはなかなかの闇だ。
児童相談所に消えた帳簿の影
認定司法書士の説明責任と限界
児童相談所に問い合わせたところ、少年が不信感を抱いていたという証言があった。だが彼はあまり多くを語らず、担当職員も深く追及していなかった。 「認定司法書士の肩書に、誰も文句を言えなかったんでしょうね」 「肩書で黙らせるのは、怪盗キッドの煙玉みたいなもんだ」 信頼という名の仮面を被って、誰にも疑われずに金を動かす。法の外ではなく、法の“間”で動くやり方だ。
少年の通帳に残された違和感
少年名義の通帳を確認した。細かく引き出された記録の横に、毎回同じ銀行の店舗番号があった。しかも、後見人の勤務先に最も近い支店だ。 「その引き出し、定期的ですね。生活費ってことにしてるけど、、、」 「誰の生活のためか、だな」 帳簿上は問題がなく見えても、実態は全く異なる可能性が高い。これは――やっぱり、やるしかない。
匿名の封筒と消された後見日誌
「大丈夫」と言ったのは誰か
ある日、事務所に匿名の封筒が届いた。中には手書きのメモとUSBがひとつ。メモには「後見日誌のバックアップ」とだけ書かれていた。 確認すると、定期的に記録されるべき日誌が、公式には存在しない日付の記録を含んでいた。しかも、その記録の内容が生々しい。 「出金後、施設には届けず別口座に移した。必要経費として処理」 この一文が決定打だった。
財産管理の裏で何が起きたのか
USB内のデータから、複数の後見人案件で同様の動きがあることが判明した。これは単なる横領ではなく、組織的な操作の可能性がある。 「名前、ありました。同じ司法書士が関わった案件です」 「芋づるってやつか、、、いよいよ刑事案件だな」 これは、司法書士として見過ごせない。個人の不正ではなく、制度そのものの信用に関わる。
やれやれ、、、帳簿の調査は根気勝負
サザエさんなら三河屋が真犯人だった
「不在の時に来る」「証拠を残さない」「人当たりはいい」――どこか三河屋さんに通じるところがある。だが現実は笑えない。 帳簿はきれいに整っていたが、逆にそれが不自然だった。完璧すぎる帳簿なんて、ウソが丁寧に並べられた棚のようなものだ。 真実は、雑なところに宿る。それがサトウさんの持論だった。
嘘をつくには記録が多すぎた
パソコンの操作履歴と深夜の削除ログ
サトウさんが後見人のパソコンを解析した。隠されたフォルダに残された操作ログには、夜中2時に削除された複数のExcelファイルの履歴があった。 「削除しても、ログは残るんですよね。ちゃんと、時刻と操作が」 消されたファイル名のひとつに「Goken_Sonota_Kari.xls」というのがあった。直訳すれば「後見その他仮」――その仮が、本命だったのだろう。
子どもの未来を金に変えた大人
複数の後見人とねじれた家族関係
調べていくと、他の後見人案件でも親族の名義を使った資金移動が確認された。中には、施設職員の親族が関与していたケースもあった。 「これはもう、ひとつのネットワークです」 「後見の名を借りた搾取か、、、」 裁判所に提出された報告書と、実態はまるで違っていた。これは、制度の抜け穴に群がった大人たちの犯罪だった。
サトウさんの推理が裁判官を動かす
会計帳簿の整合性と不自然な支出
証拠をまとめ、家庭裁判所に提出。サトウさんの緻密な分析が決定的だった。 「帳簿は真実を語らない。でも、真実は帳簿に出る」 サトウさんの言葉が、法廷で重く響いた。 裁判官は、異例のスピードで後見人の職務停止を命じ、調査を拡大した。
裁判所が下した意外な結論
資格停止と告訴とその後の手続き
後見人は司法書士資格の停止処分を受け、横領容疑で告訴された。他の関係者にも調査が広がっていく。 少年は、新たな後見人のもとで、少しずつ穏やかな日常を取り戻し始めたという。 「正義は遅れてやってくる。でも来ないよりはマシだな」 自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
私たちは何を守ったのだろうか
シンドウのため息と窓の外の蝉の声
事件が終わっても、胸の奥に重いものが残っていた。子どもを守る制度が、逆に子どもを傷つけていた現実。その矛盾が、今も消えない。 「サトウさん、少し休もうか」 「はい、休んでいいですよ。三分だけなら」 やれやれ、、、結局、休む暇なんてないんだな。蝉の声が、まだ鳴いていた。