登記簿が隠した真昼の証明

登記簿が隠した真昼の証明

依頼人は突然に現れる

午後三時。蝉の鳴き声がうるさいほどに響く中、事務所の扉が乱暴に開いた。
入ってきたのはスーツの上着を肩にかけた若い男。汗を拭きながら、机の上に一通の封筒を置いた。
「これ、見てほしいんです。父の遺産の件で…」そう言って彼は目を伏せた。

古びた家屋と一通の登記簿謄本

封筒の中には、昭和40年代に登記された家屋の登記簿謄本のコピーが入っていた。
地目は宅地、所有者欄には依頼人の父親の名前。そしてその隣に、小さく書かれた抹消線が目を引く。
「この土地、どうも兄が勝手に売ろうとしてるみたいで…でも父の意思は違ったと思うんです」

曖昧な相続人の主張

遺産分割協議書はまだ作成されていない。だが、兄の主張では「全ては自分のものである」と断言しているという。
「親父が生前、俺にだけ相続させるって言ってた」と兄は語ったらしい。
その証拠に、数年前に作成されたらしい遺言公正証書の写しもあるという。

兄と弟の確執の影

依頼人は末っ子で、兄とは十歳以上年が離れていた。
幼いころから、兄にはどこか疎まれていたらしく、葬式ですら目も合わなかったという。
「でも、あの土地には母の植えた柿の木があるんです。それだけは守りたくて…」

登記記録に浮かぶ違和感

謄本を改めて眺める。記載内容に法的な問題はないように見えるが、なぜか補正が妙に多い。
住所変更、氏名の修正、そして移転登記の申請書番号が数度重なっている。
「普通、これだけ修正が入るか?」私は眉をひそめた。

補正が繰り返された謎の履歴

補正の記録は、どれもここ5年以内のものだった。なぜ父の名前に、何度も記載変更が?
「前の司法書士が間違えたんじゃないんですか?」とサトウさん。いや、これはそれだけじゃない。
補正日と、父の病歴とを照合すれば、ある一点に気づく。

サトウさんの鋭い指摘

「この申請、医師の診断書が必要な時期ですよ。認知症疑いってカルテに書いてました」
そう言って、サトウさんは電子カルテの記録から、日付の一致を指摘してきた。
やれやれ、、、俺より先に核心に触れるとは。

午前十時の一言が流れを変える

翌朝十時、サトウさんがぽつりと呟いた。「この筆跡、兄弟で違いすぎませんか?」
彼女が指差したのは、遺言書の自筆部分。筆圧と癖が、父の旧署名とまるで異なる。
私はその言葉に背筋が凍った。

被相続人の足取りを追って

私は父親が最期を過ごした老人ホームに電話をかけた。
そこで得たのは、「その日は面会禁止日だった」という事実。だが、遺言の日付はまさにその日。
つまり、誰かが施設の規則を破って入ったか、あるいは外で偽造したのか。

昭和の住宅地図と聞き込み調査

登記地周辺の古地図を手に、私は現地を訪れた。
近所の古老がぽつりと漏らした。「あの兄貴、遺産の話ばかりしてたよ。お父さん亡くなる前からな」
この証言が、すべてを裏付ける材料になる。

司法書士としての直感

「登記は真実を写す鏡」と言うが、それは事実が正しく反映されている場合だけだ。
私は兄の申請した登記簿の補正履歴を精査し、ひとつの不正な書式を見つけ出した。
それは、司法書士でなければ見逃してしまうような、わずかな違反。

登記簿に潜む書類偽造の痕跡

訂正印の位置と形式が法令に反していた。
それは、兄が素人判断で作成したか、あるいは裏で司法書士資格を悪用した者がいたか。
どちらにしても、不正が疑われるには十分だった。

決定的証拠は午後の郵便受けに

事務所に戻ると、郵便受けに一通の封筒が届いていた。差出人不明。
中には、父の旧手帳と、母が撮影した家族写真が入っていた。遺言の日付の新聞を背景にした一枚も。
つまり、遺言書の作成日には父は施設にいたと証明できる。

サインされた遺言と差出人不明の封筒

不思議なことに、その手帳の裏表紙にはこう書かれていた。
「三男にすべて託す。それが妻との約束だ」
裁判所に提出すれば、遺言の効力は覆されるはずだ。

対決の場は調停の席

家庭裁判所での調停。兄は終始ふてぶてしい態度を崩さなかった。
だが、手帳の筆跡鑑定と登記補正の不自然さを突きつけると、顔色が変わる。
「まさか、そんな古い写真で…!」兄は絶句した。

語られる真実と偽証の崩壊

兄は最後にぽつりと「俺だけが冷たくされたんだ」と呟いた。
確かに、相続は感情を揺るがす。だが、だからこそ法と証拠が必要になる。
調停委員は、弟の相続権を全面的に認める決定を下した。

シンドウの推理が冴えるとき

事件は解決した。だが、残されたのは複雑な家族の心の傷だ。
私は一息つき、コーヒーを啜る。「やれやれ、、、また寝不足か」
サトウさんは冷たく「コーヒーじゃなくて麦茶にしてください」とだけ言った。

記録に残らない一日が誰かを救う

登記簿は変わらず机の上にある。ただし、今度の記録には偽りがない。
一つの家族の争いは終わり、柿の木もまた来年、実をつけるだろう。
静かに流れる午後の光の中、私は次の依頼に備えるのだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓