朝の来客と忘れられたファイル
月曜の朝はいつも通り
サトウさんが静かに事務所のブラインドを上げる音で目が覚めた。昨夜の飲み会の余韻を引きずりながら、私はぼんやりとデスクに向かう。
「所長、これ、机の上に置いてありました」
差し出されたのは、見覚えのない封筒だった。
封筒の中の恋文
恋愛相談かと思いきや
中に入っていたのは、古びた登記識別情報のコピーと、手書きのメモ。「あの人に真実を伝えて」という走り書き。
メモはまるでラブレターのようでありながら、どこか緊迫感があった。しかも宛名は、5年前に失踪した依頼人の名だった。
サトウさんの違和感
事務員の直感は鋭い
「これ、ちょっと変ですね。登記識別情報の発行日、平成なのに手書きの西暦が2024って…」
やれやれ、、、また妙なことに首を突っ込む羽目になりそうだ。
恋と登記の接点
遺産分割協議書の裏に
調べてみると、その人物はかつて、ある地主の相続人として名を連ねていた。しかし、戸籍上は除籍され、現在は行方不明扱いになっていた。
しかも、その地主の最後の配偶者は、元・事務所の依頼人だった女性——恋人同士だったという噂もある。
夜の役所と封印された真実
ファイルの奥に眠っていたもの
閉庁間際の法務局で、旧記録の複写を頼み込んだ。そこにあったのは、変更されていない登記名義と、数年前に提出された未処理の書類一式。
書類には“提出者本人確認不能”の朱書き。封筒の筆跡と照らし合わせると、同一人物である可能性が高い。
謎の来客再び
姿を見せたのは誰だったのか
その夜、事務所のインターホンが鳴った。防犯カメラには、マスク姿の女性が一瞬映っただけだった。
「伝えてもらえましたか…」という声だけが録音されていた。明らかに、先のメモと同じ人物のものだった。
サトウさんの仮説
論理と感情の交差点
「たぶん、その人、自分の存在を抹消したかったんですよ。でも、最後に、恋人には本当のことを知ってほしかったんじゃないですか?」
サトウさんの言葉は、妙に現実味があった。合理的でいて、どこか切ない。
未遂の登記と未完の恋
申請書に込められた願い
提出されたままの申請書。そこに記された住所変更の理由欄には、「本人希望により」とだけ書かれていた。
恋の痕跡は、公式な記録には決して残らなかったが、それは確かにあった。
そして封筒は再び封をされる
私は何も見なかったことにした
私はその封筒をファイルに戻し、金庫にしまった。依頼人も、登記も、恋も、すべてが中途半端で、だけどそれでよかったのかもしれない。
やれやれ、、、司法書士ってやつは、恋の行方までは証明できないもんだな。
サザエさんと猫とエンディング
日常はいつもと同じ顔をして
サトウさんは言った。「あの人、最後にあなたにだけ頼ったんですね」
「いや、あれは…サザエさんのタラちゃんが、波平にこっそり秘密を話すようなもんだ」
そう答えて、私は笑った。今日もまた、静かに日常が戻ってくる。