空白の遺贈台帳

空白の遺贈台帳

空白の遺贈台帳

朝一番の来訪者

都合の悪い朝ほど、早く誰かが来る。そういう決まりでもあるのかと思うほどだ。 「すみません、急なことで…こちら、叔母の遺言書なんですけど…」 戸を開けると、四十代半ばの女性がすがるような目をして立っていた。

遺言書ではなく「手紙」

見せられたのは、確かに「遺言書」と書かれた封筒だったが、中には便箋が一枚入っているだけだった。 しかも、内容は「全財産を○○に遺贈する」とだけ、肝心の受遺者の名前が空白になっていた。 署名も捺印もあり、公正証書でもない、自筆の形式にしてはあまりにも不可解だった。

遺贈対象の謎の空白

「つまり、叔母さんが誰に財産を遺したいかが書かれていない、ということですね?」 サトウさんがじっと手紙を見つめながら問いかける。 女性は黙ってうなずき、さらに言った。「でも、この手紙が届くように郵送されてきたんです。叔母の亡くなった翌日に。」

被相続人の正体と経歴

故人は旧家の出で、一人暮らしのまま亡くなったという。 家系図を見ると、相続人と呼べるような人物は姪である彼女ひとり。 ただ、気になるのは、彼女の父と故人が長年音信不通だったという過去だ。

土地台帳と戸籍から浮かぶ違和感

私はさっそく法務局で台帳と戸籍をあたってみた。 すると、数年前にある土地が贈与の形で第三者に移っている。 だが、その贈与登記の依頼者名が「受遺者・空白」となっていたのだ。つまり、登記が補正された形跡がある。

サトウさんの鋭すぎる指摘

「先生、これ、多分公証役場に持ち込んだんじゃなくて、誰かがパソコンで作って、それっぽく偽装して送ったんじゃ?」 サトウさんが言うと、私は思わず「え?」と情けない声を漏らしてしまった。 「封筒の消印、差出人の住所が白紙です。こんなこと普通しません。」

消された日付と存在しない登記簿

念のため登記情報も調べ直すと、ある土地の登記簿が「閉鎖済」となっていた。 本来ならば閉鎖登記簿謄本に切替済みと出るはずが、なぜかその表示がない。 どうやら、何者かが登記簿の存在そのものを操作している形跡があった。

相続人か受遺者かそれが問題だ

「これ、彼女が唯一の相続人であれば、そもそも遺言がなくても財産は彼女に行くはずだろ」 私のつぶやきに、サトウさんが頷きながら言った。「それでも、わざわざ遺言のような手紙が送られてきた…ってことは…」 「誰かが、それを信じ込ませたかったってことですね。」

登記官の一言に潜む矛盾

私は登記官と面談を申し込み、過去の登記申請について確認した。 「この贈与は、本人確認資料の提示がなく…まぁ、特例だったんですけどね」 おいおい、そんな特例があるか。やれやれ、、、だから現場は信用できない。

謎の手書きメモと古い印鑑

故人の家を訪ねたところ、引き出しから手書きのメモと朱肉の乾いた印鑑が見つかった。 メモには「スミ子には渡さない」と書かれていた。スミ子、それは依頼者の名前だった。 つまり、真の遺言はその逆だったのだ。

元野球部の勘が冴えた瞬間

「先生、どうしたんですか。バットを振るようなポーズして」 私はその瞬間、ひらめいた。そうだ、手紙が投函されたポストの監視カメラだ。 街の防犯ネットワークから、投函者が依頼者自身だったことが明らかになった。

贈与者の意志はどこにあったのか

すべてが逆だった。遺言のふりをして手紙を送り、遺贈が存在するように見せかけたのは、依頼者自身。 本当の遺贈対象者は、故人が数年前に世話になった介護士の青年だった。 その名前で登記されていた不動産は、故人の意思通り、既に移転済だったのだ。

真相はまさかの第三者

「贈与された青年の名前は一度も出てきませんでしたね」 サトウさんの一言に私はうなずいた。「それが一番安全だったんだろう。まるで怪盗キッドが予告状をすり替えるみたいに。」 「けどこれ、実際の登記がなかったら完璧に騙されてましたよ。」

シンドウ、再びうっかり活躍する

「まぁ…今回はたまたまだよ。野球で言えば、相手の失策で出塁したみたいなもんだ」 そう言った私に、サトウさんが冷たく返す。「でもそれ、記録上はヒットってことにしておきますね。」 やれやれ、、、こうしてまた一日が終わった。

サトウさんの塩対応は今日も変わらず

「先生、次の相談者もう待ってますよ。今度は筆界確定の件です」 「ああ…そうだった…」私は天を仰いだ。 サトウさんが背を向けた瞬間、小さくため息をついた。「…もう少し優しくしてくれてもいいのにな。」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓