封印された登記簿の涙

封印された登記簿の涙

法務局の静寂に響く嗚咽

午前九時の来訪者

夏の朝、蝉の鳴き声がやかましく響く中、法務局の窓口には珍しく列ができていた。 その中で異彩を放っていたのは、白いブラウスを涙で濡らした女性だった。 誰かが泣いている――そんな場面を目撃すること自体が稀なのに、それが法務局となると、これはもう事件の匂いしかしない。

濡れた登記識別情報通知書

その女性の手には、ぐしゃりと握りしめられた登記識別情報通知書があった。 紙の端が水分でよれて、いかにも「感情が染みた」文書といった様相。 それを見たとき、俺の中でどこかのサイレンが鳴り始めていた。どうも、これは普通の名義変更案件では済まなそうだ。

依頼人の名義変更トラブル

旧姓か新姓かそれが問題だ

その女性――依頼人は、離婚後に旧姓に戻していた。 しかし、登記簿上の名義は婚姻中の姓のまま。所有権移転登記がうまく通らない。 「こんなことなら結婚なんて、、、」と自嘲気味に笑った彼女を、俺は責める気になれなかった。

戸籍謄本に隠された日付

戸籍の附票を確認すると、住所の変更日と氏の復氏日が食い違っていた。 これは法務局が疑いをかけてきても不思議ではないズレだ。 そのズレこそが、今回の「涙の正体」に繋がる鍵だと、俺は直感した。

サトウさんの鋭い推理

提出書類の矛盾点を見抜く

「この書類、おかしいですね」 そうつぶやいたのは、サトウさんだった。今日も無表情で、けれど鋭く。 彼女の指摘は的確だった。住民票の記載内容と、登記申請書の一部が一致しない。

目録にあった不自然な空白

物件目録の記載欄に、わずかに空白が残っていた。 そこには何かを加筆したような跡があるが、不自然に修正液で塗りつぶされている。 俺の経験上、こういう「消された情報」ほど、真実に直結することが多い。

泣いていたのは誰なのか

旧住所に潜む秘密

旧住所を調べてみると、彼女の元夫の名前で最近、新たな登記申請がされていた。 どうやら、勝手に売却しようとしていたようだ。 名義はまだ彼女のままだったというのに。涙の理由が、ようやく輪郭を持ち始めた。

第三の相続人という幻

さらなる調査で、元夫が「第三の相続人」を名乗る者を捏造していたことが判明した。 あたかも既に名義変更が済んだかのように見せかけるための小細工。 どうもルパン三世のような三文芝居をやってのけたらしい。

司法書士の過失か犯罪か

同一筆記体の署名

委任状の筆跡が全て同じだったことに、俺は首をひねった。 同じ人物が書いたとしか思えない署名が三人分。しかも、全部雑。 「これは、、、司法書士が絡んでるな」とサトウさんが呟いた。

提出期限ギリギリの策略

名義変更が不自然に急がれていたことも、臭い。 本来なら相続関係説明図の整理に時間がかかるはずなのに、すべてが数日で揃っている。 それはつまり、予め用意された筋書きがあったということだ。

すべての証拠は揃った

封印された登記簿の中身

調査の末、封印されていた古い登記簿を閲覧請求した。 そこには、元夫が自筆と偽って提出した「譲渡証書」の原本が保管されていた。 そして、日付はすべて、彼女の知らぬ間に書かれたものだった。

サザエさんのようでいられない現実

登記の世界は、サザエさん一家のように平和とはいかない。 波平のように説教しても解決せず、タラちゃんのような素直さも通じない。 ここでは、法と証拠と、ほんの少しの勇気だけが味方になる。

そして決着の瞬間へ

真犯人は泣いてなどいなかった

すべての証拠を法務局に提出し、不正な登記申請は却下された。 泣いていた彼女は、晴れて本当の意味での「所有者」に戻った。 だが、真犯人である元夫は最後まで「知らなかった」と言い張っていた。泣いたのは演技だったのかもしれない。

やれやれ、、、また余計な謎に首を突っ込んでしまった

登記簿ひとつとっても、人生が詰まっている。 俺は疲れた背中を椅子に預け、冷めたコーヒーをすする。 やれやれ、、、また余計な謎に首を突っ込んでしまった。だが、悪くない気分だった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓