焼き付けられた真実
古びた図面の発見
薄暗い応接室に広げられた、青焼きの図面の束。依頼人の女性は黙ったまま、ひとつの図面を指差した。 その紙だけ、他より少しだけ色が薄く、微かに擦れたような筆跡があった。
建物に潜む不可解な空間
シンドウは、図面と登記簿、そして不動産業者が出してきた現況図を照合した。 だが一致しない。一部の空間が、どうしても見当たらない。 「なにかが、、、あるな」と思わず独り言が漏れた。
依頼人の違和感
「叔父は、あの家を誰にも見せたがりませんでした」 女性の声は震えていた。相続登記の依頼で来たはずなのに、明らかに何かを訴えようとしていた。 「私はあの家で、何かを見た気がするんです。影のような、、、誰かの気配を」
青焼きの修正痕
「この線、微妙に違いますね」 サトウさんが図面をライトボックスに置き、光に透かした。 青焼きの上に、うっすらと重なる二重線。訂正でもなく、描き足されたような陰影。
旧家の記録簿との照合
役所の古いファイルを漁ると、昭和55年に提出された建築変更届があった。 しかし登記簿にはその記載が見当たらない。法務局に提出された形跡すらないのだ。 不自然な沈黙の時代が、そこに横たわっていた。
登記簿から読み解く過去
失踪者。かつての所有者のひとりが、数十年前に行方不明となっていたことがわかる。 登記の裏書には赤い訂正印。急いで処理したかのような走り書きのような記録。 「やれやれ、、、この頃の登記官は筆圧だけは強かったようだな」
不動産屋の証言
「あの家な、昔、いわくつきだったんだよ」 町の古株である不動産屋が語った。売る時には、特定の部屋を絶対に見せないよう言われていたと。 「ほら、サザエさん家のタマが絶対入らない押入れ、みたいなもんだな」と笑うが、その笑いは乾いていた。
焼き付けられた嘘と影
シンドウは、再び図面を手に取った。問題の空間があるはずの場所に、壁の跡。 そこに部屋があった痕跡が、建材の継ぎ目に残っていた。 図面は消せても、建物の記憶は消えない。
部屋に残された証拠
工事業者に頼んで壁の裏を調べてもらうと、古びた手帳が出てきた。 そこには、数ヶ月分の日記が綴られていた。内容は断片的で、精神的にも追い詰められている様子があった。 最後のページにはこう書かれていた。「外に出たい。だが、鍵はない」
やれやれ、、、サトウさんが正しかった
「図面は語るんですよ、たとえ何年経っても」 冷めたように言い放ったサトウさんの声が、シンドウの脳裏をよぎる。 図面の“影”こそ、語られざる真実を焼き付けていたのだ。
動機と偽装
建築士だった故人は、財産トラブルの末に義弟を自宅に匿い、監禁していた可能性がある。 だが時効は過ぎ、法的責任は問えない。 「司法書士にできるのは、記録に残すことだけだな」と、シンドウは書類を綴じた。
真実は誰のものか
法は裁かない。だが記録は、嘘を許さない。 シンドウはひとつだけ項目を追加した。「空間変更の疑義あり。現況と図面差異注意」 誰も気づかない備考欄に、それは静かに刻まれた。
登記の片隅に残した印
あの青焼き図面も、やがて褪せていくだろう。だが、インクの下に残された線は消えない。 図面とは、法の中のゴースト。過去を写す鏡。 「影のような部屋」に住んでいた者の痕跡は、司法の片隅に残された。
サトウさんの塩対応
「結局、証拠は曖昧。でも補足書いてくれたんですね」 「まぁ、、、な。気になったから」 「さすがですね、最後の一筆だけは冴えてます。野球部の9回裏だけ活躍するタイプって感じ」 やれやれ、、、とシンドウはため息をついた。