登記簿の裏に潜む影

登記簿の裏に潜む影

登記簿の裏に潜む影

朝一番の奇妙な依頼

その日、事務所に現れた男は、冬の冷気を引きずったまま裏口から入ってきた。見慣れぬ顔だが、身なりは妙にきちんとしている。封筒を差し出す手は微かに震えていた。
「登記をお願いしたいんです。急ぎで。」
声の調子が不自然だった。まるで台本を読んでいるかのような抑揚のない口ぶりに、嫌な予感が走る。

裏口から入ってきた男

「普通は、表から入ってきますけどね」とサトウさんがぼそりと呟いた。塩対応とはいえ、的を射ている。
男は曖昧に笑うと、視線を泳がせて室内を見回した。「表が…ちょっと…」
そう言いながら差し出した依頼書の中には、なぜかすでに署名が済んだ委任状と、白紙の登記原因証明情報が入っていた。白紙だ。理由を書く欄が。

サトウさんの冷静な観察

「これは…どういうことですか?」と問いただすと、男は「あとは先生が…適当に…」と口を濁した。
サトウさんが一歩前に出て封筒を確認する。「この書式、どこかで見たような気がします。昭和の旧書式です。」
それは、まるで時代劇に現代人が紛れ込んでしまったような、不自然な違和感だった。

依頼書に潜む矛盾

登記原因証明情報が白紙であるにも関わらず、添付された印鑑証明書の日付は一週間前だった。しかも発行者は、すでに亡くなっている人物だ。
「死人に登記はできませんよ」と苦笑するが、笑えない状況だった。
やれやれ、、、朝から面倒な依頼に当たってしまった。

消えた登記識別情報の謎

さらに不可解だったのは、前回の登記の識別情報が添付されていないことだった。いくら「無くした」と言われても、それが誰の手に渡っているかが問題だ。
「これ…登記識別情報じゃなくて、何かの暗号ですかね?」とサトウさん。
まるでルパン三世の暗号解読シーンのように、そこには別のメッセージが浮かび上がってきた。

現地調査で見えたもの

私は現地に足を運んだ。依頼された土地は、今や雑草に覆われた空き地で、看板ひとつ立っていない。
だが、境界標をよく見ると、掘り返された形跡があった。まるで誰かが隠し物でもしたかのような——そんな違和感。
ふと視線を感じ、振り向くと黒い車が静かに遠ざかっていくのが見えた。

地主の証言と食い違う事実

近所の地主に話を聞くと、「あそこは去年、火事があって…人が死んだんだよ」と言う。私は凍りついた。
火事のあと、土地の所有者が亡くなり、相続の登記もなされていないという。それなのに、なぜ今日の依頼者が登記を急いでいるのか。
何かが裏で動いている。そう確信した。

誰が殺し屋なのか

サトウさんが静かに言った。「先生、これって、殺し屋が使う“名義の洗浄”かもしれません。」
つまり、登記を利用して過去の所有者を偽装し、所有権を手に入れた上で資金洗浄を行う。そのためには、司法書士の“うっかり”が必要なのだ。
「うっかりするのはクセですが、犯罪には協力できません」と心で毒づく。

土地の履歴が語る真実

閉鎖登記簿を閲覧すると、そこにはかつて建っていた“登録されていない建物”の記録があった。いわゆる登記漏れ物件。
その物件が火災の原因となったことが、消防署の記録からも明らかになる。
そして、その所有者の欄には——あの依頼者と同じ姓が。

旧登記簿の片隅に

さらに掘り下げると、昭和57年に“共有”として記載されたもうひとつの名義人が存在した。それは、暴力団との関係が指摘されていた男の名前だった。
なぜこんな旧い記録が残っていたのか。おそらく、それを削除しようとして今回の登記が企てられたのだ。
司法書士が気づかなければ、誰もその痕跡にたどり着けなかった。

やれやれ、、、司法書士の直感

直感的に、これは危ないと感じた。
「依頼、お断りします。」
そう伝えた数日後、その依頼者が銃刀法違反で逮捕されたという報せが届いた。やはり、裏に何かがあったのだ。

サトウさんの一言で繋がる点

「それにしても、あの人…『本当の所有者は死んだ』って言ってましたよね。」
その一言で、点が線になった。彼は死んだはずの人物の親族を装い、不正登記を計画していたのだ。
サザエさんでいうところの「ノリスケが隣人の名義を勝手に変えようとしてドタバタ劇になる」…そんな騒動では済まされない。

裁判所の供述調書の意外な中身

後日、関係者の供述調書を入手した。そこには、土地を隠れ家として利用していた殺し屋が、依頼者によって消された可能性があると書かれていた。
裏口登記どころの話ではない。殺し屋の痕跡ごと、土地を“洗って”いたのだ。
それが今回の真相だった。

犯人が登記を利用した理由

登記とは、事実を表すものではなく、法的な「権利の表現」である。
それを逆手に取り、表面上の“きれいな履歴”を作り上げれば、過去の犯罪の証拠さえも消せてしまう。
だが、それを阻止するのが——我々、司法書士の仕事だ。

最後の登記申請と別れの握手

今回の事件は立件されたが、結局「殺人」に関しては物証がなく、不正登記未遂での有罪にとどまった。
最後に検事が言った。「あなたのような司法書士がいて助かりましたよ」
私はただ、「うっかりしてただけですよ」と頭をかいた。

そして今日もまた依頼が来る

事務所の電話が鳴る。「あのー、土地の相続登記の相談で…」
普通の依頼に、ほっとする。
私は湯呑みを置き、「さて、仕事しますか」と立ち上がった。
やれやれ、、、また一日が始まる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓