就業後の密会と一通の遺言

就業後の密会と一通の遺言

就業後の密会と一通の遺言

朝の電話と依頼人の沈黙

名前を出せない依頼と秘密の契約書

依頼の電話が鳴ったのは、朝一番、まだコーヒーが冷めきらぬ頃だった。 声の主は女性だったが、名乗らず、ただ「ある遺言書を調べてほしい」とだけ言った。 口調は落ち着いていたが、どこか切羽詰まった気配が漂っていた。

事務所内で交わされた噂

サトウさんの冷ややかな推理

「業務外の恋愛ね……馬鹿みたい」サトウさんはため息をついて、書類の山に目を通しながら呟いた。 最近、近隣の福祉法人で“恋愛禁止”の就業規則が導入され、誰かがそれに違反して辞めたらしい。 「この手の規則、従業員を信用してないってことよ。そういう組織は隠し事が多いわね」

就業規則に潜む矛盾

「業務外恋愛禁止」条項の正体

依頼人が残した就業規則の写しには、「業務外恋愛禁止」とだけ手書きで書き加えられていた。 それは他の印刷文とは明らかに筆跡が異なっていた。誰かが後から勝手に追加したのだ。 規則が法的に有効かどうか以前に、その存在自体が疑わしかった。

ハート型ペンダントの謎

鍵は誰の手に渡ったのか

遺言書と共に送られてきた小さな箱には、ハート型の銀のペンダントが入っていた。 中には暗号めいたメッセージが刻まれていた。「君と交わした約束は永遠に」 これは明らかに“業務外”で交わされた何か——あるいは、それが禁じられていた恋の証だった。

元同僚の登場と新たな証言

野球部時代のつながり

かつての職場で共に働いていたという男が現れ、「彼女とは職場で会った」と証言した。 「就業後にふたりで野球の話ばっかしててさ、恋愛って感じでもなかったけどな」 だがその男の証言が逆に、密会の事実を強く匂わせることになった。

遺言書の筆跡と矛盾点

司法書士としての視点からの違和感

遺言書には正式な署名があったが、どうにも筆跡が不自然だった。 「これ、本人じゃないですね」僕はそう呟き、過去の遺言書と照らし合わせた。 特に“愛している”という文字のくせがまったく違っていたのだ。

「やれやれ、、、」の一言と決意

最後の調査に向かうシンドウ

「やれやれ、、、恋愛禁止どころか、これは偽造書類と背任行為の温床じゃないか」 僕は重たい腰を上げ、法人登記の内容を調べるため法務局へと向かった。 それが、この小さな恋の死角を暴く一手になる気がしていた。

サトウさんの一言がすべてを繋げた

浮かび上がる犯人の動機

「その“恋愛禁止”って、恋愛を隠すためじゃなく、特定の誰かを追い出すために使ったのよ」 サトウさんの冷静な言葉に、僕の中の点と点が線になった。 遺言書を偽造し、ペンダントを残し、恋愛を口実に人を切り捨てた犯人の顔が浮かぶ。

証拠と告白と結末の選択

恋と規則のあいだで

告発状と筆跡鑑定書、そしてサトウさんの鋭い分析を添えて、僕はその法人に内容証明を送った。 数日後、理事のひとりが退任し、「恋愛禁止規定」は撤廃された。 亡くなった依頼人が、本当に残したかった“遺志”が、ようやく表に出た気がした。

事件後の静かな夜

封筒の中の本当の遺志

最後に届いた封筒には、手書きのメッセージが一枚だけ入っていた。 「君との時間が、わたしの唯一の自由でした」 誰にも知られぬ恋が、たしかにそこにあった。規則では裁けない、静かな想いが。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓