その恋異議あり
朝イチの封筒とため息
朝の事務所には蝉の声と、僕のため息が交互に響いていた。ポストに差し込まれていた白い封筒は、差出人不明のまま僕のデスクに置かれていた。何か嫌な予感がするのは、こういうときに限って当たるから嫌になる。
不動産屋からの奇妙な依頼
封筒の中には一枚の申立書と、付箋で「この件、頼む」とだけ書かれたメモがあった。どうやら地元の不動産屋からの依頼らしいが、何が「この件」なのか、まるでわからない。添付書類には、なぜか未記入の委任状が同封されていた。
審査請求と消えた委任状
「審査請求って、これ…通ってないですよね?」と、サトウさんが冷静に言い放つ。たしかに申請は却下されていた。その理由は「委任状の瑕疵」。だが今、目の前にある委任状は“綺麗すぎる”のだ。何かが違う。どこかおかしい。
登記申請の裏にある人間模様
この物件は、元々若いカップルの共有名義だった。不動産屋は、その片方の名義を抹消しようとしていたようだ。だが、片方は審査請求でその取り消しを求めている。恋人同士だった二人に、何が起こったのか。
若き恋の動機は権利か感情か
昔のサザエさんなら、「恋とおカネで大騒動」なんてタイトルが付いていただろう。今回も似たような匂いがする。愛が終わるとき、人は法を使って整理しようとする。それが、余計に泥沼を生むこともあるんだが…。
サトウさんの冷静な追及
「この委任状、提出された日付より前に作られてます」 サトウさんの指摘に僕は目を細めた。押印のインクが、書類の日付と一致していない。まるで探偵漫画のように、彼女は事務的に矛盾を指摘していく。僕はただ頷くしかなかった。
実は二通あった遺産分割協議書
さらに判明したのは、関係者の間に二通の協議書が存在したことだ。片方は実際に署名されたもの。もう一方は、押印だけを流用した加工版。しかも後者が審査請求に用いられていたのだ。
旧印鑑証明が導く人物関係
印鑑証明の日付を追うと、二人が破局した直後に更新されていることが分かった。これが意味するのは一つ。片方は関係を断ち切りたくて更新し、もう一方はその前の印鑑を使って書類を作っていたということ。
登記官の証言が生む逆転劇
法務局で話を聞くと、担当の登記官が「妙にしつこかった」と証言した。提出者は書類を「今すぐ通してくれ」と迫ったらしい。その様子は、まるで何かから逃げるようだったという。恋愛の成れの果てとは、得てしてそんなものだ。
恋の結末と登記の決着
結局、真の委任状を元に登記は修正され、不動産は共有状態に戻された。そして審査請求は却下。若きカップルの愛も、これで法的に終焉を迎えた。だが、争いの後に残るものは、法では救えない。
やれやれ、、、愛と法の境界は複雑だ
書類と証拠をまとめながら、僕はふと窓の外を見た。夏の青空は、何も知らぬ顔で雲を流していた。「やれやれ、、、」とつぶやくと、サトウさんが「なにか?」と鋭くこちらを睨んできた。僕は慌てて、書類整理に戻った。
サトウさんの視線が痛い午後
事件は解決したのに、サトウさんの視線だけが僕の背中に刺さる。「うっかりしてる割に、最後は決めますね」 …誉められているのか責められているのか。僕は、野球部時代の最終回逆転ホームランのことを思い出していた。人生、そんなに打率は高くないが、時々はバットが当たるものだ。