登記簿の影がささやく

登記簿の影がささやく

朝の電話と表題部

一本の電話が静寂を破った

司法書士という仕事柄、朝一番に電話が鳴ると、あまり良い予感がしない。 この日も例外ではなかった。鳴り響く固定電話に目を細めながら受話器を取ると、若い男の声が震えていた。 「父の土地に変な名前があるんです……自分の知らない人の名前が……」

表題部に記された違和感

その土地の登記簿をオンラインで閲覧したとき、確かに奇妙な名前が目に飛び込んできた。 昭和の時代に記載された名義人の欄に、依頼人の父とは異なる人物の名前があったのだ。 登記の「表題部」はあくまで物件の属性を示す部分。だが、今回の件は所有権登記にも及んでいた。

訪ねてきた依頼人

亡き父の土地に何があるのか

「父はこの土地を祖父から相続したと聞いています。でも、登記上は“横山昌一”という人の名があって……」 青年の顔は青ざめ、手は震えていた。手にしていた相続関係説明図には、その横山という人物の名はなかった。 私の背中に、嫌な汗が流れる。相続登記の漏れか、それとも……。

登記簿に記されたもう一人の名前

表題部には、確かに“木造瓦葺二階建”とある。地積も古く、地番も地目も変遷が多かった。 その下、昭和五十年の所有権保存登記に「横山昌一」。 だが、依頼人の父が登記した形跡はなく、また、移転も抹消もされていない。

サトウさんの冷静な指摘

過去の相続登記に潜む不備

「これはたぶん、未登記建物をそのまま使ってたパターンですね。ありがちです」 サトウさんが言うには、昭和の時代には建物だけが先に保存登記され、その後放置されることも多いという。 「で、固定資産税は支払い続けてたけど、法務局には誰も届けてない、と」

古い登記簿の謎を追え

古い謄本を法務局で閲覧する。和紙に近い質感の帳簿には、薄く朱色の訂正跡がある。 昭和六十年ごろ、確かに何か申請された形跡があるが、登録されていない。 妙だな、とつぶやいた私に、後ろからサトウさんが「またうっかりですか?」と静かに言った。

市役所と謎の筆界図

地番が語るもう一つの真実

市役所の固定資産課で調査すると、筆界図にある地番は現在のものとは微妙に異なっていた。 どうやら、土地の分筆登記の際に番号の引き継ぎがされていなかったらしい。 そのせいで、別人の建物が現在もそのまま登記簿に載り続けているのだった。

消された境界と証言

近隣の古老が語るには、「あの家は昔、横山さんのものだったよ」とのこと。 だが、横山氏は平成初期に亡くなっており、相続人は行方不明だという。 建物はすでに取り壊され、現在は依頼人の実家が建っている。

かすれた訂正印

なぜ訂正が申請されなかったのか

私たちは気づいた。横山氏の建物はすでに存在しておらず、現況と登記簿が乖離していた。 かすれた印影が残る欄に、訂正申請の準備がされた形跡があるが、どういうわけか実行されていない。 「提出前に亡くなったか、もしくは法務局が補正待ちで止めたのか……」とサトウさん。

登記官の記憶と証拠の所在

元法務局の職員に話を聞いた。 「昔は補正指示を電話だけで済ませてたから、記録が残ってないこともあるよ」と、申し訳なさそうに言った。 昭和と令和の間に、書類と記憶はあっさりと風化していた。

サザエさんもびっくりの真犯人

他人名義の登記が語る動機

実はこの名義を使って、依頼人の叔父が土地を担保に金を借りようとしていたらしい。 亡父の遺産であるこの土地が「横山名義」になっていることを逆手に取り、相続放棄を画策していたのだ。 まるでサザエさんに出てくる波野ノリスケのように、ちゃっかりした男である。

サトウさんのひらめき

「借用書に連帯保証人の名があるなら、辿れるんじゃないですか?」とサトウさん。 その通りだった。保証人が提出した委任状が法務局に残っており、登記が無効である証拠となった。 私は書面を手にして、深くうなずいた。「やれやれ、、、少しは野球の試合並みに決着ついたか」

解決とその代償

表題部の裏にいた真の相続人

結局、横山氏の相続人が一人だけ見つかり、建物の滅失登記とともに所有権抹消が完了した。 その後、依頼人が正式に名義を取得し、無事に売却も済ませた。 が、かかった時間と労力は、思いのほか重かった。

やれやれ、、、今日もまた

事務所に戻ると、サトウさんが無言で冷えた麦茶を差し出してくれた。 私は深いため息をついて、それを一口すする。 「やれやれ、、、司法書士ってのは、いつから探偵になったんだろうね」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓