登記簿が語る沈黙の証言
朝届いた不審な書類
その朝、机の上にぽつんと置かれていた封筒は、どこか薄気味悪かった。茶封筒に手書きで記された「至急」とだけの文字。差出人不明。だが宛名ははっきりと、俺の名前だった。
封を開けると、そこには一通の登記識別情報通知と、手紙が一枚。「この登記は嘘です。本当の持ち主は、もういません」とだけ書かれていた。
名義変更の謎に潜む違和感
その登記情報を法務局で照会してみると、確かに最近、所有権移転登記が行われていた。
しかし、売買の記録もなければ、委任状も妙に簡略化されている。司法書士としての勘が働いた。何かが、おかしい。
あまりにすんなり進みすぎた手続きに、逆に汗がにじんできた。
土地を巡る三人の関係者
名義が変わった土地の隣人に話を聞くと、「あの家の持ち主、半年前に突然いなくなったんですよ」と言う。
さらに詳しく聞くと、持ち主の親族を名乗る人物が現れ、所有権の登記変更を依頼したのだとか。だがその親族、近所でも見た者はいないという。
三人の名前が出てきた。元所有者、親族を名乗る男、不動産ブローカー。それぞれの証言が食い違っていた。
現地調査で見つけた手がかり
俺は現地へ足を運んだ。雑草の伸びた庭、郵便受けに溜まったチラシ。どう見ても、誰も住んでいない。
玄関の横に、小さな貼り紙があった。「室内に入る際は連絡を」と書かれていたが、連絡先は消されていた。
ふと足元を見ると、雨ざらしになった名刺が一枚落ちていた。「M不動産 営業部 赤城」とあった。
サトウさんの冷静な指摘
「これ、典型的な仮装登記じゃないですか」とサトウさんは言った。
俺がモヤモヤしていた点を、一刀両断するように言い放つ。「登記識別情報が送られたのに、受領印が本人じゃない。偽造の可能性が高いです」
やれやれ、、、こんな時だけ、彼女はルパン三世の次元ばりに冷静だ。
生前の委任状が語る矛盾
委任状の日付は、元所有者が姿を消す数日前だった。しかし、筆跡が微妙に違う。
俺は古い書類から、過去の署名を引っ張り出して見比べた。「この“田”のハネ、本人はいつも左に流す。でも、こっちは違う」
完璧ではないが、偽造の可能性を示すには十分だ。
元地主の消えた過去
住民票を追っても、彼の転出記録はなかった。
まるで幽霊のように、行政から姿を消していた。近所の人によれば、夜中に誰かと大声で喧嘩していたという証言もあった。
俺の中で、事件の輪郭が少しずつ浮かび上がってきた。
登記簿の記載に潜む罠
登記簿に記載された評価証明書の添付番号が、実際の交付日よりも後になっていた。つまり、日付の整合性が取れていない。
それを見つけた瞬間、全身に電気が走った。誰かが書類をあとからすり替えている。
不動産ブローカーの赤城。こいつがカギを握っている。
司法書士としての直感
俺は赤城を訪ねた。名刺の住所に行っても、会社は存在しなかった。
しかし近くの喫茶店で、「いつもスーツ着た男がパソコン開いてますよ」とマスターが教えてくれた。
そこにいた赤城は、俺を見るなり、口元を引きつらせた。
決定的証拠はスキャンデータに
俺は偽造の証拠を突きつけた。「このファイル、作成日が登記提出日よりも後ですよ。タイムスタンプは嘘をつかない」
赤城は最初こそ否定したが、最後は崩れ落ちた。「殺すつもりはなかった。ただ、登記が欲しかっただけなんだ」
元所有者の遺体は、物置に隠されていた。警察が引き取るまでの時間が、妙に長く感じた。
真犯人は机の下にいた
結局、赤城が単独犯だった。不動産転売のために全てを偽造し、殺人にまで手を染めた。
あの封筒を送ってきたのは、彼の罪悪感だったのか、それとも自慢だったのか。
机の下に落ちていた封筒の切手、差出人の文字は、かすかに震えていた。
やれやれ人の欲は尽きないね
「結局、金のためだったんですね」と俺がつぶやくと、サトウさんは書類を整理しながら言った。
「人が消えても土地は残る。その土地が欲しい人間もね」
やれやれ、、、俺の仕事、地味だけど、事件の匂いが絶えない。
名義の裏にあった悲しい動機
元所有者は、借金の連帯保証人になっていたという。土地を売るしか手がなく、それを知った赤城が付け込んだ。
親族との縁も薄く、死んでも気づかれなかった。
土地に書かれた名義は、もうない男のものだった。
サトウさんの一言が締めくくる
「司法書士って、なんだか探偵みたいですね」
それを聞いて、俺はふっと笑った。「探偵だったら、もっとモテてるよ」
サトウさんは無言で書類を差し出した。今日も平常運転だ。
新たな一日がまた始まる
朝の光が差し込む事務所。事件は片付いたが、また次の依頼が机に置かれていた。
「登記相談希望。前の司法書士が突然辞めて…」という文言。
俺の背中に、またぞわりとした気配が走った。