登記簿が語る最後の嘘

登記簿が語る最後の嘘

登記簿が語る最後の嘘

朝の一報とコーヒーの温度

朝、事務所のドアを開けた瞬間、サトウさんの無表情な声が飛んできた。「シンドウさん、不在者財産管理人絡みでちょっと面倒な相談です」。手渡された資料の一番上には、色褪せた登記簿の写しが綴じられていた。コーヒーの湯気は立っていたが、飲む気にはなれなかった。

閉鎖登記簿という過去からの手紙

閉鎖登記簿。それは、既に効力を失った土地の過去の記録。だがその中には時折、何かを訴えるように静かに語る行がある。この物件には、確かに奇妙な空気が漂っていた。昭和四十五年、最後に登記が動いた後、何者かの手で静かに封印されたような印象を受ける。

誰も見たくない地番

「場所は?」と聞くと、サトウさんは無言で地図を差し出した。郊外の山裾、空き地と呼ぶにも荒れすぎた土地。その地番を見るだけで、昔の事件が頭をよぎった。十年以上前、近隣の登記で担当した際、誰も触れたがらなかった場所だ。

二年前に亡くなったはずの名義人

登記簿上の名義人は、二年前に死亡したとされていたが、登記の抹消はなされていない。それだけならよくある話だが、今回の依頼人は奇妙なことを言っていた。「つい先日、その人に会ったんです」と。死人が名義人として現れるなど、推理漫画でもない限りあり得ない。

やれやれ嘘をつくのは登記だけにしてくれ

事務所のデスクで再び登記簿とにらめっこしながら、思わずつぶやいた。「やれやれ、、、嘘をつくのは登記だけにしてくれよ」。サザエさんでいうと、波平の戸籍に突然ノリスケが名義人として出てくるような話だ。どう考えても不自然だった。

サトウさんの疑念と法務局の違和感

「この登記簿、どこか変です」。サトウさんは、登記原因の記述部分を指さした。たしかに、昭和四十五年の名義変更登記には、通常記載される「売買」や「贈与」の文字がなかった。原因欄が空白になっていたのだ。これは単なる記載ミスでは済まされない。

手書きメモと昭和の地図

かすれたボールペンで書かれた手書きのメモが、登記簿の綴じ込みに挟まっていた。内容は断片的で、意味不明な数字と「サカイの茶畑」という走り書きだけだった。だがその言葉に、昭和の地図を重ねたとき、かつてあった集落の跡地が浮かび上がった。

司法書士は足で稼ぐ職業だ

結局のところ、書類だけでは真実にはたどり着けない。私は昔の靴を履き直し、その土地へ向かうことにした。ボロボロのスニーカーで山道を登り、件の地番にたどり着いた時、そこにはトタン屋根の古びた平屋が、風に軋んでいた。

離れに棲む謎の老婦人

インターホンなどない。声をかけると、しばらくして戸がゆっくり開いた。中から現れたのは、腰の曲がった老婦人だった。「あんた、あの人の関係者かい?」。開口一番のその台詞に、私は確信した。ここにはまだ何かが残されている。

権利証の影に隠れた動機

彼女は古いタンスの引き出しから、茶封筒を取り出して見せた。中には、昭和四十年代の権利証と、見慣れぬ名前で書かれた委任状が入っていた。その筆跡は登記簿の署名と一致していた。偽造ではない、しかし正式な登記手続きはなされていなかった。

所有者不明とされる土地の真実

話を聞くうちに、実際の所有者は名義人ではなく、その兄であることが明らかになってきた。兄は家族の反対を押し切ってこの土地を売却しようとしたが、名義を弟にしたまま、姿を消したのだ。遺産分割も相続登記もされぬまま、時だけが流れていた。

ふたたび現れた証言者

依頼人が再び現れた。「あの人、似てただけかもしれません」と、まるで悪びれもせず言った。その後、近所の証言で“似たような人”が何人かいたことがわかり、話は曖昧になった。しかし、あの老婦人の存在が全てを裏付けていた。

消されたはずの抹消登記の謎

法務局で再確認すると、昭和の終わりに一度だけ“抹消申請”が出され、途中で取り下げられていたことが判明した。担当者のメモには「本人確認不可」と記されていた。つまり、誰かが不正に売却を試みたが、本人確認で詰んだのだ。

登記簿が語ったのは誰の罪か

偽造も詐欺も未遂に終わっているが、それでも記録は全て残っていた。登記簿は、ただそこにあるだけで、何かを守っている。嘘も真実も、手続きを通して浮かび上がる。紙は破かれない限り、沈黙の中で語り続ける。

土地は語らないが記録は残る

登記の訂正と真正な相続人による名義変更が完了したのは、それから数ヶ月後だった。老婦人は静かに土地を手放し、町を離れていった。私は結局、依頼料以上の時間を費やしたが、不思議と疲れは残らなかった。

そして今日も判子を押す僕たち

「シンドウさん、次の登記申請です」。サトウさんが無造作にファイルを差し出してきた。無表情の奥に、少しだけ労いの気配が見えた気がした。私は黙って印鑑を押す。やれやれ、、、また紙の中に真実を探す仕事が始まる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓