登記簿から始まる奇妙な依頼
訪ねてきたのは赤い服の女性
午前10時を少し回った頃だった。事務所のドアが静かに開き、赤いコートを着た女性が入ってきた。目元にうっすら疲れの影を宿しながらも、どこか決意を感じさせる表情だった。
「土地の登記について相談がありまして」と、彼女は真っ直ぐな視線で僕を見た。
古びた土地の名義変更相談
依頼人の目的に違和感を覚える
彼女が差し出した資料には、築50年近い古家と、その敷地に関する登記簿謄本が綴られていた。依頼内容は、名義を自分に変更したいとのこと。
だが、話を聞けば聞くほど、ただの相続や売買には思えない。「この家に、何か特別な思い入れでも?」と尋ねると、彼女は少し笑って「昔の話です」とだけ答えた。
一枚の謄本に残された違和感
二人の名前と一つの地番
謄本には、現在の所有者として男性の名前。そして、その過去の所有者として、彼女と同姓の人物が記載されていた。
その二人がどんな関係なのか尋ねると、彼女は黙り込んだ。「もう会うこともない人です」と、それだけを言って目をそらした。
過去の愛憎の匂いが、静かに立ち上ってきた。
サトウさんの推理が動き出す
過去の登記記録にヒントあり
「これ、持分移転の時系列が変じゃないですか?」と、サトウさんが淡々とした口調で言った。
古い所有権移転の記録が、日付の上では現所有者に不利な順番になっている。「わざと登記を遅らせたように見える」とサトウさんは呟いた。
まるで、何かを隠すために操作された記録のようだった。
元恋人の存在と消された過去
登記簿が語る恋の記録
元所有者と現在の所有者は、過去に恋人関係だったという情報が、不意に登記原因証明情報の記載から読み取れた。
不動産という形で愛を残し、しかし関係が終わった後、男性が単独名義に変えたらしい。だが、その方法があまりに杜撰で、法的に問題がある可能性が高かった。
それを知ってか知らずか、彼女は今その土地を取り戻そうとしているのだ。
土地の所有権に潜む真意
愛か執着か偽装か
真実を知っているのは、彼女と彼、そして登記簿だけだ。名義の変遷には明らかな「感情」がにじんでいる。
「執着だったんでしょうね」と彼女がポツリと漏らした。過去の関係が終わっても、彼はその場所だけは手放さなかった。
恋の終わりを、登記簿が証明していた。
法務局で掘り起こす恋の痕跡
十年前の登記申請書の正体
僕は法務局で十年前の閉鎖謄本と添付書類を閲覧した。そこには、彼の署名とともに、もう一人分の署名欄が空欄で残されていた。
まるで、最後の同意を得られないまま提出された申請だった。きっとそれが、二人の関係の終わりを象徴していたのだろう。
やれやれ、、、恋の清算すら登記になるとは。
登記原因証明情報の矛盾
別れたはずの二人の署名
もう一度、最新の登記を精査すると、二人の名前が「贈与」として並んでいた。しかし、彼女は「そんな書類にはサインしていない」と断言した。
誰かが、彼女の署名を偽造した可能性が浮上する。事態は一気に刑事事件の様相を帯びてきた。
恋が過ぎると、こんなふうに人は罪まで犯すのか。
やれやれ僕の出番か
元野球部の記憶がここで活きる
僕はかつて野球部で身につけた「観察力」と「粘り強さ」で、登記書類に残された筆跡を分析した。
彼女の古い契約書と比べて、署名の癖がまるで違う。これは偽造だ。そう確信して、すぐに彼女に告げた。
「その家は、あなたが取り戻すべき場所ですよ」と。
ラストピースは花束の中に
未練を登記に残した理由
その日の夕方、彼女はその家の前に立ち、静かに一輪の花を門柱に置いた。「ここがすべての始まりで、終わりでもあったんです」と呟いた。
未練は、登記という形に変わって残された。彼は、最後に彼女の名を消せなかった。
それがせめてもの、彼なりの愛だったのかもしれない。
真実は登記の行間に
恋の終わりと登記の意味
僕ら司法書士は、日々淡々と登記を扱っているが、その裏には必ず人のドラマがある。
恋の始まり、終わり、裏切り、赦し。全部が一枚の紙の中に潜んでいる。
それを読むことが、僕の仕事だ。
依頼人が泣いたその理由
サトウさんの一言が決め手
「登記って、恋の墓標みたいですね」
サトウさんが言ったその一言に、彼女は涙をこぼした。声を上げることもなく、ただ静かに流れ落ちた涙だった。
恋の登記簿には、名前と一緒に、想いも記録されていた。
帰り道に思ったこと
恋愛も登記もむずかしい
駅までの帰り道、僕は缶コーヒーを片手に空を見上げた。雲ひとつない晴天。
「恋ってやつは、ほんと登記以上にややこしいな」とつぶやいた。
やれやれ、、、次の事件はもう少し単純であってほしいものだ。
今日もまたひとつ事件は終わる
でも机の上には次の謄本が
事務所に戻ると、サトウさんが机の上に一通の謄本を置いていた。「次の相談、ちょっと複雑です」
彼女はそう言ってそっけなく書類を指差した。
僕は深くため息をついて椅子に腰かけた。「やれやれ、、、また始まるのか」