赤いコートの遺言

赤いコートの遺言

赤いコートの遺言

雪がちらつくある冬の朝、事務所の扉をノックする音がした。開けると、赤いコートを着た年配の女性が立っていた。強い香水の匂いと、どこか非現実的な雰囲気をまとっていた。

冬の朝の訪問者

女性は名を「高松ヨシエ」と名乗り、法定後見の依頼に訪れたという。本人はしっかりして見えるが、判断能力の低下があると娘に言われ、家庭裁判所から申立てを受けたらしい。書類一式を鞄から取り出した手が、かすかに震えていた。

法定後見人の依頼

後見人候補には、ヨシエの長女の夫、つまり義理の息子が指定されていた。だがヨシエは「私はあの人に管理されるのが嫌」と言う。それ以上は語ろうとしない。ただ赤いコートのポケットに手を入れたまま、目を逸らしていた。

赤いコートの記憶

「そのコート、すてきですね」とサトウさんが唐突に話しかけた。女性は微笑んだ。「亡くなった夫が初めて買ってくれたの。あの人は派手な色が似合うって言ってたのよ」。それだけ言って、また黙り込んだ。

施設と孤独な遺産

調べを進めるうちに、ヨシエが元教師で、長年公立中学で勤めていたことがわかった。夫に先立たれた後、ひとりで戸建に暮らしていたが、今は娘のすすめで施設に移っている。財産は古い家屋と預貯金、それに未登記の山林が少々。

サトウさんの冷たい推理

「おかしいですね、施設の入居契約書に保証人欄がない。誰が支払いを?」サトウさんが冷たく言う。「義理の息子が勝手に印鑑を使ってる可能性がありますよ」。彼女の眼鏡の奥の視線が鋭く光った。やっぱりサザエさんのカツオよりも、コナンくんタイプだな。

書類に残された違和感

後見申立ての書類に添付されていた診断書を読み返す。医師の筆跡が妙に雑だった。しかも印影がヨシエが普段使っている実印と微妙に異なる。コピーされた印影を拡大して見比べると、明らかにフォントのにじみが違う。

遺言書と後見契約の境界線

その夜、私は家に帰らず、事務所で資料を整理した。後見制度の悪用事例を読み返しながら、ヨシエが持ってきた茶封筒の存在が気になった。中には自筆の遺言書が入っていた。「全財産は中村直樹に譲る」とある。誰だ、この名前。

消えた通帳と古い印鑑

翌日、ヨシエから「通帳がない」と電話があった。施設の私物箱にもなかったという。私は昔の預金記録を法務局で追い、そこから元の銀行支店に問い合わせた。すると既に高額な引き出しが3回行われていた。しかも全部代理人取引。

シンドウのうっかりが冴える

「まさか、委任状の印鑑、こっちの書類にあったやつと同じじゃ…」私はあわてて過去の登記関係書類を引っ張り出した。すると、義理の息子が提出していた過去の書類に、まったく同じ印鑑が押されていたのだ。やれやれ、、、もっと早く気づくべきだった。

やれやれの直感

私は家庭裁判所に意見書を提出し、後見人の候補再検討を求めた。その直後、義理の息子が遺言無効を盾にして抗議に来た。だがこちらには専門家としての裏付けがある。「あなたの使った印鑑、複数の書類に同じ偽造痕がありますよ」私は静かにそう言った。

赤いコートの正体

事件が落ち着いたあと、ヨシエがふと事務所に来た。あの赤いコートを着ていた。「このコート、思い出が詰まりすぎて手放せないの。ありがとう、助けてくれて」彼女の声には、静かな安心がにじんでいた。なんだか心が温かくなった。

真実は封筒の中に

後日、サトウさんが一言だけ「例の封筒、偽物でしたね」と呟いた。「字が微妙に震えてるし、書いた人の筆跡が本人のとは違う。コナンくんのアニメで見た手口ですよ」。僕は思わず笑ってしまった。「なるほど、探偵サトウさん」

司法書士としてのけじめ

法定後見の申立ては一からやり直しになった。新しい候補者は第三者の司法書士。私はその役を辞退した。感情が入りすぎた気がしてならなかった。けじめとして、それが正しい判断だと信じた。

解決のその後

義理の息子は警察に呼ばれ、預金の不正引き出しについて事情聴取を受けた。起訴されるかどうかはわからないが、ヨシエの財産は守られた。やれやれ、こういう仕事ばかりなら気苦労が絶えない。

コートを脱いだ日

春が来た頃、ヨシエがコートを脱いで新しいカーディガンを着ていた。「もう、赤いのはいいわ」と言って笑った。あの赤いコートは、静かに袋に入れられ、思い出として保管された。

日常へ戻る冬の午後

事務所に戻ると、サトウさんがそっけなく「書類、山ほど届いてます」と言った。僕は肩をすくめて、机に向かった。いつも通りの日常だ。だけど少しだけ、世界が優しく見えた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓