登記完了の知らせが来ない朝
メールボックスを何度開いても
登記の完了通知が届かない。朝からメールを五回は確認しているのに、受信トレイは静まり返ったままだ。
ネットの遅延か、はたまた法務局の不備か、あらゆる可能性が頭をよぎるが、確証はない。
ただ、経験上、こんな時に限って何かが起きているのだ。そう、嫌な予感だけは、いつだって先に届く。
静寂に潜む違和感
通常であれば、昨日のうちに完了メールが届いているはずだった。
しかも、今回は時間をかけて依頼人と相談し、ミスのないよう慎重に進めてきた案件だ。
そのせいか、この「届かない静けさ」は、いつもの「うっかり」では済まない重さを孕んでいた。
依頼人の焦りと無言の圧力
催促の電話が鳴り続ける
「まだですか?」と、あの一言を何度聞いただろうか。
スマホの画面には、着信履歴がずらりと並ぶ。まるで犯行予告のように見えてきて、背筋が寒くなる。
依頼人は悪くない。悪くないが、こっちの胃は削られていく。
電子申請システムの盲点
一応、システムにはログインして進捗状況を確認した。
「受付済み」の表示はあるが、「完了」の文字は見当たらない。
まるで「サザエさん」のオチ前に主役が消えるみたいな、なんとも間抜けな展開に思えた。
サトウさんの冷静な視線
ログイン履歴から見えた不自然な動き
「送信日時、これズレてませんか?」とサトウさんがモニターを覗き込む。
確かに、提出したと思っていた時刻よりも、ログが二時間ほど遅れて記録されている。
「保存だけして送信し忘れたんじゃ…?」という彼女の言葉に、冷や汗が頬を伝った。
塩対応の中にあるヒント
「よくありますよね、確認したつもりでしてないこと」
嫌味なのか慰めなのか、サトウさんのトーンは微妙だ。
だがその冷静さと、鋭い視点がなければ、俺はいつも真実に辿り着けない。
シンドウの地味な現地調査
法務局前でのひとりごと
久しぶりに足を使って、法務局まで出向いた。
事前予約が必要なこのご時世に、突撃訪問はルール違反だと分かっているが、背に腹はかえられない。
「やれやれ、、、」思わず口から漏れる。まるで探偵漫画の冒頭みたいな気分だ。
やれやれと言いながら歩く
何か手がかりはないかと、受付の案内板を眺めていると、警備員の方が「お困りですか」と声をかけてきた。
事情を説明すると、「昨日、一時的にメールサーバが停止していたらしいですよ」との情報が。
まさかの通信障害という古典的展開に、肩の力が抜けた。
通信障害か妨害か
登録免許税の罠
念のため、登録免許税の納付状況も確認しておく。
こちらも異常なし。送信エラーさえなければ、すでに完了しているはずだった。
完了通知がなかっただけで、事件が起きていたわけではなかったのだ。
知られざるメールフィルターの壁
依頼人に電話して、メールの迷惑フォルダを確認してもらうよう依頼した。
「…あ、来てました」その言葉に、すべてのピースがハマる音がした気がした。
なんと、法務局の自動送信メールがスパム判定されていたのだ。
鍵を握るのはあの受付職員
提出日と受理日のズレ
法務局の女性職員が、こっそり教えてくれた。「昨日はちょっとトラブルがありまして」と。
登記の処理は終わっていたが、メールの送信だけが後回しになっていたらしい。
機械任せのようでいて、どこか人間味のあるトラブルに、逆にほっとした自分がいた。
見落とされた控えの記録
念のため控えも見直すと、受付番号の記載欄に手書きの修正跡があった。
どうやら職員側も慌てて対応していたらしい。
手書きの数字が妙に人間臭く、少しだけ笑ってしまった。
届いていたが届いていなかった通知
依頼人のメーラー設定の闇
「自分、Yahooメールなんですけど、あれって厳しいんですよね」
依頼人の言い訳を聞きながら、確かにそういう設定もあったなと納得する。
世の中、便利になりすぎて、人間が振り回される皮肉。
人為的な消去の可能性
さらに調べると、依頼人自身が「広告メールと間違えてゴミ箱に入れた」可能性も高かった。
思い込みの恐ろしさ、そして確認不足。
事件性はゼロだが、人間味は満点のミステリーだった。
真相はファイルの中に
申請書類に刻まれた矛盾
結局、どこにも犯罪はなかった。
けれど、そこにあったのは人と人の連携不足と、小さなミスの積み重ねだった。
これが実務の現場というやつか。推理小説よりも現実の方が複雑で、そして面白い。
犯人は依頼人だったのか
犯人などいなかった。ただ、メールを確認しないという「うっかり」が全てを混乱に変えただけだ。
そしてそれを見逃した俺も、共犯かもしれない。
「やれやれ、、、」思わず、もう一度、空を見上げた。
サトウさんの淡々とした解決
再送メールの一撃
「もう一回、こっちからメール送っておきます」
サトウさんが淡々と再送信を済ませると、依頼人からすぐに「今度は届きました!」と返信が来た。
どんな謎も、彼女の前では無力だ。まるで某怪盗と探偵を足して2で割ったような切れ味だ。
沈黙を破る着信音
ようやく、携帯に入ってきた「ありがとうございます」の声。
すべてが正常に戻った証だ。
登記完了通知は、時として事件を起こすが、解決もまたメール一通で済むのだ。
すべてが終わった午後三時
やれやれと言いながらお茶を淹れる
「本当に、何も起きてなかったんですね」
「いや、いろいろ起きてたさ。俺の胃に」
サトウさんが無言でお茶を差し出す。これが、わが事務所の日常だ。
完了メールは遅れてやってくる
パソコンに届いた一通のメール。「登記完了のお知らせ」
もういらないよ、と呟きながら、俺は「既読」にする。
遅れてきた正義ってのは、なんだか照れくさいもんだ。