記載揺れの亡霊

記載揺れの亡霊

朝の名寄せと違和感

「この名寄せデータ、なんか気持ち悪いな……」
朝から登記簿を眺めていた僕は、モニター越しに首をかしげた。別表記のはずなのに、微妙に一致しない。
同一人物として整理されるべき情報が、どこかで断絶しているのだ。

重複するはずのない二つの名義

同一住所に「藤原孝」と「藤原隆」の二名義。字体はほぼ同じ、フリガナも一致、なのに別人として扱われている。
「これ、入力ミスですかね」とつぶやいたが、そこには違和感だけが残った。
まるで何かを隠すために、わざとそうしたかのように。

サトウさんの冷たい一言

「同一人物とは限らないですよね。生年月日違いますし」
いつも通り塩対応のサトウさんが、無表情でファイルを差し出してきた。
「確認は、こっちでお願いします」そんな言葉とともに。

同一人物とは限らないですよね

たしかに、法務局では生年月日も照合材料の一つ。でも筆跡、署名、すべてが酷似していた。
昭和の人は字がうまいからね、と笑ってごまかすには、不自然すぎた。
過去の誰かが、意図的に名前を変えて登記していたのではないか。

依頼人が語る十年前の相続

依頼人の女性は、十年前に父親が亡くなったと話した。
「でも、登記簿を見ると名義は藤原隆じゃなくて孝になってて」
彼女の混乱は当然だった。登記簿には「孝」、除籍には「隆」と記されていた。

書類の名前は間違っていなかった

「どちらかがミスってるんですか?」
それは、こちらが聞きたい。だが、どちらも公的な記録であり、訂正の痕跡はなかった。
ただひとつだけ言えるのは、この“揺れ”は意図的に作られた可能性がある、ということ。

登記簿の記載と除籍謄本のずれ

除籍謄本には「隆」、登記簿には「孝」。
一文字の違い、だがこの違いが相続を妨げる決定的な要因になる。
それを理解していた者が、過去にいたということだ。

一文字の違いがもたらす波紋

「昔の戸籍は手書きでしたからね」
言い訳はできる。だが“手書き”を武器に偽装する者がいたら?
その想像が僕の背筋を冷たくした。

司法書士会の古いデータベース

会の古文書室で、古い登記原本の複写を閲覧する。
登記官の記録には、最初から「孝」と書かれていた。訂正印はない。
つまり、登記は最初からこの名前で提出されたということだ。

電子化以前の記録にヒントがある

サザエさんの放送がモノクロだった時代、訂正は手書きと朱肉だった。
今のように簡単に修正はできない。だからこそ、初動が命だったのだ。
つまり最初から「孝」で押し通せる自信があった者が関与していた。

町役場での資料調査

町役場の資料室で、旧姓や住所の変遷をたどる。
窓口の女性は、何かを思い出したように言った。
「あの人、昔名前を変えたって噂ありましたよ」

窓口の女性がこぼした違和感

「結婚でも養子でもなく、なんか…勝手に変えてたって」
なるほど、それはつまり、“別人を演じる”ための準備だったのかもしれない。
別表記は、演技の一部だったのだ。

旧字と新字が混在する世界

「隆」は“生きる”の字、「孝」は“親孝行”の字。
違う意味を持ちながら、形は似ている。間違いやすく、故意にもできる。
旧字新字の混在、それがこの事件の核心かもしれなかった。

誰かが意図的に書き換えた可能性

筆跡、印影、すべて同じ。でも名義だけが違う。
一見ただの書き間違い。しかし、そこには“意思”が見え隠れする。
意思を持ったミスほど、やっかいなものはない。

登記官の忌避と内部事情

古い登記官の記録に、妙な注記があった。
「担当者変更」――理由は記されていなかったが、内部で何かがあったのだろう。
サトウさんは小さくため息をついた。「また、面倒な匂いがしてきましたね」

裏で動いていたもう一人の関係者

その後、当時の地元銀行で「孝」の名義で預金が引き出されていた記録を発見した。
もしや、相続を装って資産を不正に動かした者がいるのでは?
名義の揺れは、その“隠れ蓑”だった可能性がある。

名寄せ不能な謎の土地所有者

登記簿上の「孝」の名義人は、今どこにも住んでいない。
連絡先は失効し、住民票も見当たらない。
つまりこの人物は、既にこの世にいない“誰か”なのかもしれない。

なぜ今になって現れたのか

十年も動かなかった名義が、なぜ急に変わったのか。
それは、誰かが“今”になって必要としたから。
資産を動かすタイミングを待っていた者がいたのだ。

誤字ではなく偽名か

この案件、もはや「誤記」で片付けられない。
筆跡鑑定の結果が出た。どちらの署名も同一人物によるものだった。
つまり、“隆”も“孝”も、同じ男が演じていた偽名だったのだ。

筆跡と印鑑証明が示す真実

印鑑証明の筆跡は変えても、微妙な癖は隠せない。
まるでルパンが銭形警部を出し抜くような手口。
だが今回は、サトウ警部補の勝ちだ。彼女は証拠を押さえていた。

サトウさんの的確すぎる推理

「登記申請書、2枚目だけ印鑑が少し歪んでるんです」
さりげなく言いながら、彼女はコピーを差し出した。
「偽造印影、でしょうね」その目は冷たく鋭い。

裏をかいた登記申請のトリック

原本と控えを“入れ替えて提出する”トリック。
これぞ怪盗キッドの煙幕のような一手。
だがサトウさんには通じなかった。彼女の眼力は、法務局以上なのだ。

シンドウが思い出した野球部の先輩

ふと、名前に見覚えがあった。
藤原隆――あれは、僕が高校時代にキャッチャーをやっていた頃の先輩だった。
まさか、こんな形で再会するとは思わなかった。

名前が一致したあの男の過去

その先輩、金に困っていたという噂があった。
調べてみると、五年前に失踪届が出ていた。
「消えた先輩が、別名で資産を管理していた……か」

登記原因が告げる動機

「登記原因:相続」とあるが、実態は横領に近い。
正当な相続人を排除し、自らの名義で固定資産税を払い続けていた。
その執念が、逆に足をつける原因となった。

相続ではなく詐取だったのか

まさに、「記載揺れの亡霊」が表に出た瞬間だった。
登記の影に隠れた詐取と偽装。
やれやれ、、、司法書士ってのは、書類の亡霊とも戦わなきゃいけないのか。

やれやれ書類ってのは嘘をつかないようでつく

登記申請書、印鑑証明、委任状。すべて整っていた。
でも整っているからといって、真実とは限らない。
書類の隙間に、たしかに“誰かの嘘”が潜んでいた。

シンドウの小さな勝利と静かな午後

事件は表沙汰にはならず、相続人への名義変更で幕を閉じた。
書類の訂正と名義変更の申請を済ませた僕は、コンビニのコーヒーで一息。
事務所へ戻ると、サトウさんが書類を積み上げて待っていた。「お疲れさまです。まだ終わってませんから」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓