謎の始まりと申請ミス
朝イチで届いた補正通知に、俺は書類を落としそうになった。原因は「訂正印の不備」だという。だが、申請時に押印は確かに確認していたはずだ。これはただのミスか、それとも——。
事務所の空気はいつにも増して重かった。月曜の朝にトラブルとは、まるでサザエさんが波平の茶碗を割った直後の茶の間のような雰囲気だった。
取引直前の違和感
今回の登記は、個人間売買での所有権移転。引渡し日直前の段階で、この補正は異常だ。依頼人である水野氏も電話口で動揺を隠せず、何度も「間に合うんですよね?」と確認してきた。
「やれやれ、、、なんでこうなるんだ」とつぶやきながら、俺は申請書のコピーを広げ、目を凝らした。そこには不自然な訂正跡が浮かび上がっていた。
補正通知がもたらす波紋
通常、訂正欄には修正内容と印鑑が残る。だが、今回のそれは字体が微妙に異なっていた。しかも、印影も少しかすれている。提出時には気づかなかったが、今見ると不自然極まりない。
まるで誰かがあとから手を加えたようだった。書類の提出者は俺だ。だが、その書類に俺の知らない訂正がある。これは単なる事務ミスでは済まされない。
依頼人の焦りとシンドウの困惑
午後、水野氏が事務所に現れた。顔は青白く、何度も額をぬぐっている。俺の手元のコピーを見て、彼は明らかに動揺した。
「これ、私が書いたものではありません」と、水野氏は断言した。その言葉に、俺の背筋が冷たくなった。つまり、誰かが勝手に訂正を加えたということになる。
申請書に残された不可解な訂正
訂正された箇所は、売主の住所欄だった。本来の番地が1のところ、3と書き換えられている。これにより、実在する別の人物になってしまっていた。
「やられたな……」と俺はつぶやいた。まるで怪盗キッドに目の前でダイヤをすり替えられた銭形警部の気分だった。
二度提出された登記申請書
さらに調べると、提出された申請書が初回のものとは異なるバージョンだった可能性が浮上した。補正後の用紙が、どこかのタイミングですり替えられたのだ。
この事実にたどり着いたとき、事務所の中は一瞬静寂に包まれた。サトウさんがキーボードを打つ手を止め、こちらを見た。
サトウさんの冷静な視点
「申請前に私、スキャンしましたよ。確認してみます」 そう言って、サトウさんがサーバー内のファイルを開いていく。相変わらず冷静だ。まるで冷蔵庫の中の牛乳の賞味期限を確認するかのような淡々とした口調。
俺が焦っていたのが恥ずかしくなるほどだ。
不自然な押印位置
スキャンされた元の書類を見ると、訂正印は端に寄って押されていた。だが、提出された現物の印はど真ん中に。これは物理的に不可能だ。つまり、印影は誰かが押し直したものだと考えるべきだ。
「誰が、いつ、どこで?」 疑問が膨らむ一方だった。
字体の違いに潜む違和感
字体の違いも致命的だった。提出されたものの訂正文字は、少し丸みを帯びており、依頼人の筆跡とは明らかに異なる。さらに、売主が普段使うボールペンのインク色とも異なっていた。
つまり、この訂正は完全に偽造されたものである可能性が高い。
真犯人は内部にいた
調査を進めるうちに、申請書のすり替えが可能なタイミングが判明した。それは、登記申請の直前。書類を法務局に持ち込むまでの短時間だけだった。
つまり、事務所の誰か——いや、俺かサトウさん以外にアクセスできる人間がいたということだ。
元同僚との再会
そんな矢先、近所の喫茶店で偶然、元補助者のタカギと再会した。彼は以前、うちの事務所で働いていたが、急に辞めた男だ。最近、どこかの司法書士事務所でフリーランスとして動いていると聞いていた。
「最近、登記って忙しいっすよね〜」と軽く話しかけてきたが、その目にうっすらとした動揺を見た気がした。
過去のトラブルと動機
タカギは、以前にも依頼人と直接連絡を取って勝手に補正を行った前科があった。俺はそれが原因で彼を辞めさせた。その恨みが動機になるには十分だった。
そして今回、水野氏の案件にも、彼が以前担当していた別の案件の関係者が絡んでいたことがわかった。
決定的証拠への糸口
サトウさんが見つけたのは、書類保管ロッカーのアクセスログだった。なんと補正通知が届く前日に、俺たち以外のログイン記録が残っていたのだ。IPは外部からのものだった。
これで、内部のシステムに誰かがアクセスした形跡が裏付けられた。
書類保管記録の空白
紙の書類に関しても不審な点があった。預かり書類の受領チェック表に、なぜか提出用紙が未記入のまま提出済みになっていたのだ。しかもチェック者の欄には、タカギのサインが消されかけていた。
修正テープの下に透ける彼の筆跡。それは証拠以上のものだった。
フォントと筆跡の謎
訂正文字は、実は手書きではなかった。画像編集ソフトで作成され、プリントされた上から印を押したものだったのだ。つまり、完全に偽造書類であることが確定した。
あとは警察に任せるだけだった。
追い詰められた真犯人
タカギはあっさりと罪を認めた。補正で書類が戻ってきた時点で、焦って自分で訂正を装ったらしい。依頼人から手数料を多めに取っていたことがバレるのを恐れたのだという。
まったく、犯罪者ってのは大体が「バレるわけない」と思っているものだ。どこかの怪盗漫画で見たセリフが頭をよぎった。
土壇場の自供
「すみません、つい出来心で……」 そう言い残して、タカギは警察に連行された。水野氏にも事情を説明し、取引は数日後に無事完了した。
俺の胃はすっかりやられたが、サトウさんは「またですか」とつぶやいていた。
シンドウのため息と結末
すべてが終わった夕方、俺はコーヒーをすすりながら天井を見上げた。 「やれやれ、、、俺は司法書士なのに、なんで犯人を捕まえてんだか」
サトウさんは、冷たく一言だけ言った。「それ、前も言ってましたよ」 その塩対応に、少しだけ救われた気がした。