朝の事務所に届いた一通の封筒
戸籍謄本の束に違和感
「これ、なんかヘンじゃないですか?」
サトウさんがそう言って差し出したのは、依頼者から預かった戸籍謄本の束だった。丁寧にクリップ留めされたそれを手に取ると、紙の質感が途中で微妙に変わっていることに気づく。まるで別人が記録されているかのような継ぎ目だった。
依頼者の表情に浮かぶ不安
「父の相続登記をお願いしたいんですが…」と語る依頼者の男性は、どこか視線が定まらなかった。彼の言う“父”と、戸籍に記された“父”が、どうにも一致しない気がしていた。
それは、司法書士の勘というよりも、長年の紙と向き合ってきた目の違和感だった。
継ぎ目に記された出生の謎
一枚だけ字体が異なる
用紙の継ぎ目だけでなく、そこに記載された文字の字体やインクの色が他と異なっていた。公文書であるはずの戸籍に、なぜこんなムラが生まれるのか。
筆跡の違いは、家系図の中にまるで知らない登場人物が割り込んできたような違和感を残す。
改製原戸籍の落とし穴
「これは改製原戸籍を写した際のミスか、もしくは…」と口に出した瞬間、僕の背筋に冷たい汗が伝った。
戸籍の改製とは、時に“事実の再構成”にもつながる。まるでルパン三世が美術館の防犯網をかいくぐるように、法の網を抜ける者もいるのだ。
やれやれ案件のはじまり
サトウさんの静かなツッコミ
「また変な案件拾ってきましたね、シンドウさん」
サトウさんはコーヒー片手に淡々と言う。やれやれ、、、朝から胃が重い。この戸籍の継ぎ目、誰かが意図的に繕ったのだとしたら、もはや紙一枚では済まない話だ。
野球で例えるなら、初回ノーアウト満塁のピンチに放り込まれたようなものだ。
調査へ向かう元野球部の足取り
重いバットを担ぐ気分で、僕は市役所の戸籍課に向かった。元野球部の意地というやつで、見逃し三振だけは避けたい。
だが、あの窓口の職員たちはフォークボールのように曲者ばかりだ。見事なスルーパスでたらい回しにされながらも、諦めずに食らいつく。
戸籍の空白期間にあったもの
除籍簿に隠された旧姓
ようやく辿り着いた除籍簿には、依頼者の“父”と名乗る人物の旧姓がひっそりと残っていた。
改姓の理由は婚姻ではなかった。養子縁組、しかも短期間だけの。そこに本来の血縁関係は存在しなかった。
分籍による隠し子工作の痕跡
さらに調べを進めると、問題の“父”はかつて別の家庭で子を持ち、その後分籍し、新しい戸籍に再び「父」として登場していた。
この継ぎ目は、戸籍の切れ目ではなく、人の人生の切れ目だったのだ。まるで怪盗キッドの変装を一枚ずつ剥がしていくような感覚だった。
役所での謎解きと職員の回避姿勢
記録に残らない訂正の手続
「この時期の書き換えは、正式な手続というより“整理”ですね」
年配の職員が曖昧な笑顔で言った。記録に残らない、けれども帳尻だけは合っている。
その笑顔の裏に、長年蓄積された“慣習”という名の闇が見えた。
登場したもう一人の相続人
依頼者が知らない、もう一人の相続人が現れた。かつての旧戸籍に名前があり、改製後に消えた人物だ。
つまり、依頼者は相続人の“ひとり”でしかなかった。分け前は、当然変わってくる。
過去の家族関係に潜む動機
遺産目当ての仕込み相続人
古い養子縁組に隠されたのは、相続の布石だったのだ。父とされる人物が亡くなる数年前、意図的に養子にした人物がいる。
“もう一人の相続人”は、金の匂いを嗅ぎ取って近づいた、いわば準備されたピースだった。
戸籍を操作するための離婚と再婚
そしてその背景には、離婚と再婚を繰り返すことで、戸籍の並び順や構成を操作した形跡もあった。
ルパンが金庫のダイヤルを回すように、人は制度の隙間に入り込む。
そして静かに、他人の遺産を手に入れる。
裏の司法書士の存在
登記変更の名義をたどる
登記簿の変更履歴から浮かび上がったのは、かつて同じ地域で開業していた司法書士の名前だった。
廃業したその人物の手続に、不審な名義変更が集中している。なぜか、今回の被相続人の関係者にも多数関与していた。
かつての同業者との再会
彼は今、ひっそりと町外れのアパートで暮らしていた。
「金がなかったんだよ…俺にも家族がいてな」
そう呟いた彼の眼差しは、過去にすがる者の哀しみに満ちていた。
サザエさんに学ぶ家族の複雑さ
波平とマスオとタラちゃんの関係に似て
他人同士が一つ屋根の下で暮らし、いつしか“家族”として記録される。
波平がタラちゃんの祖父かと思いきや、実はそうでもない。家族とは、記録よりも関係性なのかもしれない。
事実と戸籍は別の顔をしている
戸籍が全てを語るわけではない。
それは時に、仮面ライダーの変身前の顔が誰か分からなくなるような混乱を生む。
だが、それでも戸籍は、何かを隠す者にとっては十分な武器となる。
そしてサトウさんの一言
「で、どうします?」の塩対応
「これ、相続登記できないですね。で、どうします?」
冷たくも的確なサトウさんの声に、僕は頷くしかなかった。
やれやれ、、、
ボールはいつも僕の手にある
今回の登記は、司法書士の立場として断るしかない。だが依頼者が真実を知る権利は守りたい。
書類ではなく、人の人生に向き合うのがこの仕事だ。
ボールは、まだ僕の手元にある。
真相とその後の結末
偽造ではなく手続の盲点
結局、戸籍の継ぎ目に不正はなかった。だが、それを利用する者たちがいた。
盲点は罪にならない。けれど、それを知って見逃すわけにはいかない。
司法書士としての矜持が、ここにある。
だが戸籍は嘘をつかない
戸籍そのものは、たしかに事実を記録していた。たとえ曲げられ、繕われても、全ての過去は辿ることができる。
真実は、紙の裏側からでも浮かび上がってくるのだ。
終わらないやれやれの日常
また一つ、謎を解いた代わりに
机に戻ると、また新しい封筒が届いていた。見慣れた役所の封筒だ。
休む暇もなく、次の謎が始まる。司法書士に休息はないらしい。
机の上には次の封筒
コーヒーをすすりながら、僕は封筒に目をやる。
「今度は何だ? 火災保険証券? いや、これ…死亡届?」
やれやれ、、、今日もまた、事件の予感がする。