封印された記録の真実
朝からどこか空気の重たい日だった。雨が降るでもなく、晴れるわけでもない、まるで誰かの秘密を空が黙って隠しているような。そんな日に限って、ややこしい案件がやってくる。机の上に置かれた小さな封筒。その中には、銀色のUSBがひとつ入っていた。
司法書士事務所に届いた小さな荷物
宛名は僕、シンドウの名前。だが差出人の記載はない。封筒の中にはUSBと、手書きのメモが一枚。「中を見てください。真実はここにあります」とだけ書かれていた。まるで探偵ドラマの序盤のような導入だ。
「誰かのいたずらじゃないですか?」と、サトウさんが無表情に言う。彼女の声に少し寒気がしたのは、エアコンのせいではない。
USBの提出者は誰か
封筒には消印も無く、直接投函された形跡。監視カメラもないこの古いビルでは、持ち込まれたら最後、誰が来たのかはわからない。正体不明の依頼、というやつだ。
僕は念のため、古いノートPCを引っ張り出してきて、そのUSBを挿した。Windows98の起動画面が懐かしくさえ思える。立ち上がると、そこには「最後の証言」と名付けられたフォルダがあった。
依頼人は姿を見せなかった
翌日、事務所の前で誰かを待っていたが、結局誰も現れなかった。電話も鳴らないし、メールもない。謎のUSBと、謎のメモだけが、部屋の中に存在していた。
僕はふと思った。「あれ?これって、まるで怪盗ルパンが次に盗む宝石の場所だけを残すみたいな…」脳内で不意にルパン三世のテーマが流れる。あの洒落た余裕が欲しい。
不穏なファイル名の羅列
フォルダの中には、動画ファイルがひとつと、数枚のPDF。PDFはスキャンされた古い書類のようで、遺言書の写し、登記識別情報通知、そして不動産登記簿のコピーだった。
「この構成…もしや遺産相続?」と、またもやサトウさんが無表情に言う。彼女の察しの速さには、もはや驚きさえしない。
サトウさんの冷静な分析
「この遺言、無効ですね。日付のない自筆遺言は通らない。しかも不動産の記載が曖昧です」サトウさんがさらりと言う。僕は必死でPDFを拡大し、ページをめくって追いかけるが、やっぱり追いつけない。
「やれやれ、、、司法書士ってのは書類を読むだけの仕事じゃないのにな」思わず漏れた本音に、サトウさんは小さく鼻で笑った(ような気がした)。
映し出された一通の遺言動画
USBの動画ファイルを再生すると、そこには病院のベッドに寝た老人がいた。カメラ目線で、何かを言っている。音声が悪くて聞き取りにくいが、要点は伝わってきた。
「私は…家を長女に渡したい。息子は…金銭を十分に渡したから…もう…」その言葉はやがて咳にかき消され、動画は終わった。
遺言書の有効性を巡る違和感
動画での発言と、遺言書の内容が一致しない。書面では、息子に不動産を相続させると書かれている。だが動画では、長女に家をと語っていた。これはどういうことだ?
「動画が遺言として認められる可能性はゼロです。でも、この矛盾には何かありますね」とサトウさん。彼女の目がいつになく真剣だった。
不動産の名義と映像の食い違い
登記簿を確認すると、不動産はすでに息子名義に変更されていた。遺言書の日付は変更登記の直前。だが、その後に撮られた動画では長女に譲ると言っている。
「つまり…登記は済んでいるけど、真意は別だった可能性があるってことか」この場合、登記の有効性に疑義が出る余地がある。
登記簿に残された意外な事実
登記簿にはひとつのヒントが残されていた。名義変更の直前、被相続人が一度だけ登記識別情報を再発行申請していたのだ。これは不自然だ。
「誰かが勝手に申請したのでは?」と僕が言うと、「申請人の署名が手書きです。筆跡が、動画の老人のものと違います」とサトウさん。まるで名探偵コナンばりの観察力である。
名義変更の痕跡と日付の矛盾
再発行された識別情報が使われ、息子名義への変更が行われた。しかし、それが偽造されたものであれば、その登記は無効にできる可能性がある。
あとは誰がそれをやったのか。長女か?息子か?あるいは第三者の誰かか?
映像に映る決定的な瞬間
動画の最後に、病室のドアが開いた音が入っていた。映像には映らなかったが、その足音と声。僕はそれを何度も再生した。すると、微かに「USBを…託す…」という声が残っていた。
「誰かがこの動画を外に出した。つまり内部告発ですね」とサトウさん。USBを提出した人物は、内部の人間だと推測できた。
嘘をついたのは誰か
話を総合すると、遺言書の提出と登記申請を急いだのは息子。動画を録ったのは長女。そして、USBを届けたのは…おそらく病院の看護師だ。
「内部告発者が出た時点で、これもう民事じゃ済まないですね」とサトウさんが冷たく呟いた。確かに、これはもう、法廷の外で済む話じゃない。
サトウさんの推理とUSBの罠
サトウさんは、USBの中にあったPDFのひとつに注目していた。それは不自然に加工されていて、日付の一部が改ざんされていたのだ。
「つまり、USB自体が罠だった可能性もあるってこと?」と聞くと、サトウさんは無言でうなずいた。この事件、最後の一手を打ったのは長女ではなく、第三者だったのかもしれない。
やれやれ記録媒体に事件が詰まってるとはな
何気なく挿したUSBが、ここまで複雑な争いの火種になるとは思ってもみなかった。今や証拠はすべてデジタルに変わり、真実と偽りの境界線はぼやけていく。
「やれやれ、、、昔はこういうの、紙の束だけで済んでたのにな」僕の愚痴にサトウさんは「その方が改ざん楽ですよ」と冷たく返した。
僕は小さくため息をつき、空になったUSBをそっと封筒に戻した。事件は終わった…いや、これから始まるのかもしれない。