朝一番の電話はいつも不吉な気がする
目覚ましよりも早く鳴った事務所の電話に、俺は嫌な予感を覚えながら受話器を取った。相手は不動産会社の若手社員で、声が妙に沈んでいる。 「お世話になります、司法書士のシンドウ先生でしょうか……実はちょっと変なことがありまして」 眠気は一気に吹き飛んだ。やれやれ、、、今日は平穏とはいかなさそうだ。
依頼人は不動産会社の社員だった
話を聞けば、ある借家の賃借人が、家財道具一式を残したまま、ある日を境にぱったりと姿を消したという。家賃の支払いもストップしていた。 「ただの夜逃げじゃないんです。なぜか玄関の鍵が……壊されてないのに開いてたんです」 不自然な話だった。俺の司法書士としての嗅覚が、何か裏があると訴えかけてきた。
「借主が失踪したんです」
社員は続けた。「鍵は管理会社が保管していたものしかありません。それなのに部屋に出入りした形跡があるんです」 俺は思わず額に手をやった。登記関係の話ではなさそうだったが、不動産トラブルの匂いがぷんぷんする。 この手の話には、必ず契約書と登記簿が関わってくる。俺の出番ということだ。
謄本に残された微かな違和感
物件の登記事項証明書を取り寄せてみると、そこには「賃借権設定登記」の抹消記録があった。しかし依頼人は「そんな抹消手続きはしていない」と首を振る。 「登記簿って、こういう時に限って何か抜けてるんですよね……」 俺はぼやきながら、書類の端を指でなぞった。何かがおかしい。
サトウさんの分析は冷静だった
「先生、この抹消登記の申請日、ちょっと変です」 サトウさんが言った。俺が見落としていたのはそこだった。確かに、依頼人の説明と日付が合わない。 「これ、誰かが勝手に手続きした可能性もありますね」 彼女は淡々と話しながらも、すでに次の一手を考えていた。
登記事項証明書にあった奇妙な記載
更に読み込むと、申請人の住所に見覚えのない地名が記載されていた。関係者のどれとも一致しない。 「第三者の介入かもしれません」 まるで、怪盗キッドのようにサラリと権利関係を塗り替えた誰かがいる。そんな不気味さを感じた。
現地確認という名の散歩
俺は依頼人と一緒に問題の借家に向かった。外見は古びているが、綺麗に管理されている。 鍵は確かに、錠自体に破壊の痕はなかった。しかも玄関マットの下にスペアキーが無造作に置かれていた。 「やれやれ、、、これじゃあ誰でも入れますね」と、俺はため息をついた。
空室のはずの部屋から漏れる灯り
夕方になりかけた頃、再度現地に立ち寄ると、二階の窓から明かりが漏れていた。誰かが中にいた。 俺たちはそっと玄関を開け、忍び足で階段を上がった。 そこにいたのは、契約書に名前のない中年男性だった。
開かずの鍵と開いていた心
彼は驚いた様子もなく、静かに語り始めた。 「妻の名義で借りてた家なんです……でも、数年前に亡くなって。俺は無権利者ってことになった」 その言葉に、俺の中で点と点がつながっていく音がした。
貸主の供述に潜む矛盾
後日、不動産会社の上司と話すと、貸主が「抹消手続きは不要と言われた」と証言していることがわかった。 「それって、つまりは誰かが指示したってことですよね」 俺は苦笑いを浮かべながらも、何かが見えてきていた。
なぜか曖昧な記憶の説明
貸主の説明は、ところどころ曖昧だった。「確か、法務局に書類を出したような……いや、出してないかも……」 まるで波平さんが“カツオー!”と怒鳴った直後に理由を忘れるかのような、そんな記憶だった。 記憶の曖昧さこそ、事件の影に隠れた真実を暴く鍵なのかもしれない。
契約書の筆跡に注目せよ
最後の手段として、俺は契約書の原本を確認した。筆跡が、提出された書類と微妙に違う。 「これ、別人が書いた可能性がありますね」 サトウさんの言葉が重く響いた。ついに決定的な証拠を見つけたのだった。
やれやれ、、、また登記簿か
全ては賃借権抹消を偽造した第三者の仕業だった。目的は、新たな借主に高値で貸し出すこと。 登記簿上の権利を抹消し、実体と乖離させることで、不正を成立させていた。 俺は再度、正しい賃借権を復活させる申請の準備に取りかかった。
削除された賃借権設定の履歴
本来なら消されるはずのない履歴が、司法書士の手口によって上手く抜け落ちていた。 それを見抜けたのは、俺とサトウさんの二人だった。 「地味な作業ですけど、これが一番効くんですよね」と彼女はボソッとつぶやいた。
サザエさんの波平さん理論で解く謎
「つまり、怒るけど理由を忘れる。それが今回の貸主なんですよ」 サトウさんのたとえに、俺は吹き出してしまった。 やれやれ、、、確かに、昭和の家族アニメにも真理はある。
真犯人は権利書を持っていなかった
結局、犯人は元司法書士だった。退職後に資格を失ったにもかかわらず、古い印鑑と情報を使って不正登記を行っていた。 法務局からの照会で全てが明るみに出た。 俺は安堵と疲れを感じながらも、最後の報告書を仕上げた。
物証なき契約の裏側
今回の件は、登記と契約のズレを突いたものだった。 書類一枚の重み、それを扱う責任の重さを改めて実感した。 「やっぱり地味だけど、司法書士ってすごいですよね」……誰も言ってくれないから、自分で言うしかない。
判明する偽造と共謀の構図
元司法書士は、貸主と面識があった。軽い相談を装って、抹消登記の偽造を提案したという。 「もう、名前貸しただけのつもりだったんです……」 そう言う貸主の表情には、後悔というよりも、どこか諦めに似た影があった。
そして鍵は開かれた
問題の借家は、正式に契約が見直され、再び正しい借主のもとへ戻った。 俺は鍵を返しに行きながら、ふと考える。鍵が開いていたのは、偶然じゃなかったのかもしれない。 正義にとっての扉は、いつだって開いているべきなのかもしれないな、と。
サトウさんの一言で全てが動く
「やっぱり、見落としって意外と簡単に起きるもんですよ」 冷静にそう言ったサトウさんに、俺は少しだけ頭が上がらなかった。 俺の野球でいうところのノーアウト満塁からの三者連続三振、そんな状況だった。
うっかり男の一発逆転
だが結局、最後に決め手となったのは、俺の気まぐれな再確認だった。 うっかりしてるくせに、妙なところで執着してしまう。 それが功を奏した。やれやれ、、、これだから辞められないんだよな、この仕事。