登記簿の罠
この仕事をしていると、「登記簿の罠」なんてタイトルのドラマでも作れそうな事件に遭遇する。だが今回は、そのタイトル通りの一件だった。恋だとか罠だとか、そんな言葉とは無縁だと思っていた司法書士の俺の話だ。
不動産屋からの奇妙な依頼
地方の中堅不動産会社から持ち込まれた案件は、一見するとごく普通の中古住宅の売買だった。契約書も、添付書類も、問題なさそうに見えた。しかし俺の中の警鐘が、どこかでかすかに鳴っていた。
売買契約書に潜む違和感
契約書を読み進めていると、売主の名前に見覚えがあることに気づいた。何年も前に相続登記をした土地の名義人と同じ名前だったのだ。だが、そのときは確か、相続人の住所はまったく違っていた。
表題部に記された名前
さっそく登記簿を取得してみると、表題部の所有者欄に記されていたのは、やはりあの名前だった。しかも、前回の相続登記の直後に移転登記されている。まるで、すべてがあらかじめ仕組まれていたかのようだった。
かすれた筆跡と旧字体
サトウさんが拡大コピーを持ってきた。筆跡に注目したらしく、前回の登記申請書と比較すると、微妙に筆跡が異なっていた。しかも、使われている漢字の字体が旧字体に戻っていた。不自然だ。
サトウさんの冷静な分析
「この申請、委任状が偽造されてるかもしれませんね」とサトウさんは淡々と言った。まるで月曜夜のアニメに登場する女探偵のような落ち着きぶりだ。俺が手に汗握っていたのが馬鹿みたいだった。
手書き申請書の謎を暴く
どうやら申請書の一部が差し替えられている可能性が高い。特に気になったのは、連絡先の電話番号が以前と異なっていた点だった。不動産屋の言う「代理人」が提出したというが、その正体が曖昧だった。
恋のはじまりは一枚の写しから
写しを見た瞬間、俺の頭に一人の女性の顔が浮かんだ。数年前に一度だけ登記の相談に来た女性だった。当時は、まさか自分がここまで彼女に関わることになるとは思ってもいなかった。
所有者欄に浮かぶ過去の面影
名前と住所が一致している。そして、彼女が言っていた「兄が勝手に遺産を売ろうとしている」という言葉が、今になって現実味を帯びてきた。どうやら兄が無断で登記を移していたらしい。
登記官の証言と矛盾点
法務局に事情を聞きに行った。登記官がぽろりと漏らした「電話での問い合わせが多かったんですよ、あの件は」という言葉が引っかかる。どうやら内部でも不可解な点がいくつかあったようだ。
提出日と受付番号の齟齬
提出されたとされる日付と、実際の受付簿の記録が一致しない。さらに提出された委任状には、法務局で押印されるべき受付印が存在しなかった。明らかに不正の痕跡だった。
不審な中間省略登記
調べを進めるうちに、売買の連鎖の中に一度も登場していない人物が存在していることが判明した。これは中間省略登記だ。もはや合法ではなくなった手法が、こっそり使われていた。
サザエさん的なドタバタの裏に
不動産屋が焦って取引を急がせていた理由がわかった。連絡が取れなくなっていた売主が、実は行方不明扱いだったのだ。これは、波平さんが家族に内緒で宝くじを買って怒られるのとはワケが違う。
やれやれ、、、罠にかかったのは誰だ
最後には売主の兄が事情聴取を受け、偽造と不正登記の全容が明らかになった。俺は正直、疲れ果てていた。だがその夜、彼女から「ありがとう」という短いメールが届いた。やれやれ、、、報われたんだろうか。
塩対応の奥にあった気遣い
サトウさんが、ふとコンビニの袋を俺の机に置いて言った。「甘いものでも食べておいた方がいいですよ、今回は頑張りましたし」。ありがとうとも言わずに、俺はどら焼きを頬張った。甘い。
真犯人は書類の行間にいた
事件を解くカギは、すべて紙の上にあった。文字、印影、受付印、連絡先——細部に潜む不一致が、全体の構図を崩す。その見えない綻びを見つけ出すのが、司法書士という仕事なのだ。
そして恋は静かに芽生えた
登記簿の罠は解けた。でも、俺の中にはもうひとつ別の罠が残ったような気がした。再び依頼に来たあの女性の笑顔が、頭から離れない。「また相談に乗ってもらえますか?」その言葉が、妙に心に残った。