登記簿にいない家

登記簿にいない家

登記簿の影に潜むもの

書類に現れない建物との遭遇

司法書士をやっていると、時折「そんなもんあるかい」という案件が飛び込んでくる。今回の依頼もその類だった。依頼人の中年男性は、郊外の古い家屋の名義変更をしたいという。しかし、その建物、登記簿上には存在していなかった。

調査依頼は突然に

「確かに建ってるんですよ、あの家。でも、法務局にはないって言われて…」 依頼人の焦りようは本物だった。固定資産税は支払っているというが、登記されていないというのはどういうことか。まるで、幽霊が住んでいた家を登記しようとするかのような、そんな気持ち悪さがあった。

サトウさんの冷静な観察

図面の違和感に気づいた女

「これ、地積測量図に影も形もないですね」 サトウさんが図面を机に広げ、淡々と指摘する。彼女の冷静な目は、私のような感情に流されがちな男にはありがたい存在だ。私は一応、資料を見てうなずいたふりをしたが、実は測量図の読み方がよくわかっていなかった。

手続き書類に潜む不一致

登記簿謄本と家屋課税台帳の内容が食い違っていた。建物の所在地番が一字違っているのだ。たったそれだけのことだが、それが数十年もの間、建物が「存在しない」ことになっていた原因らしい。こういうの、探偵漫画のミスリードか何かで見た覚えがある。

現地調査という名の冒険

存在しているのに存在していない家

現地に赴いてみると、古い木造の家がひっそりと佇んでいた。昭和の空気をそのまま閉じ込めたような建物。何より奇妙だったのは、玄関に貼られていた「売物件」の紙。売れないわけだ。登記がない家なんて、今どき怪しいにも程がある。

隣人の証言が語る過去

「昔ねぇ、あの家の人、いきなりいなくなったんですよ。夜逃げみたいに」 隣家の老婆が語る話には、どこか『笑ゥせぇるすまん』的な哀愁が漂っていた。聞けば、建てた当時も登記しなかったらしく、そのまま忘れられていたようだ。なんとも昭和の闇深さを感じる話だった。

建築年月日というミステリー

古い固定資産税通知書の中の矛盾

市役所で調べた固定資産税の履歴には、昭和57年築とあった。しかし依頼人は「昭和50年に父が建てた」と言う。7年の空白。まるで、サザエさんの放送年と実際の時代設定みたいなズレ。真相を追うためには、さらに奥に踏み込む必要があった。

所有者欄の空白の意味

台帳の備考欄には「名義未確定」とだけ書かれていた。これは、相続登記を放置したまま代替わりしたパターンだ。よくある。だが今回は、相続すべき人がいないかのように扱われている。そこに、この建物の「忘れられた存在」としての影が見えた。

登記されなかった理由

家族間の秘密

依頼人の話によれば、祖父の代で一悶着あったらしい。父親が勝手に建てた家を、祖父が「認めん」と言っていたのだとか。まるで、親子間の家督争いの成れの果て。結局そのまま家は無かったことにされた――法務局的には。

相続放棄された記憶

父が亡くなったとき、相続は放棄したと依頼人は言う。しかし、この未登記建物については一切言及されなかった。なぜなら「存在していない」ことになっていたからだ。まさに盲点。書類にないものは、法律上もないとされる。その怖さを感じた。

シンドウの推理

うっかりしながらも核心へ

「この家、建物図面作って提出すれば何とかなるかもですね」 私の発言に、サトウさんは呆れ顔だったが、ここに至るまでには地味な作業の積み重ねがあったのだ。うっかり見逃しそうな一点が、この全体の構造をひっくり返すカギになるとは、私自身も驚いた。

証拠は台所の床下

そして最後の決め手は、台所の床下から出てきた古い契約書の写しだった。そこには、建築業者とのやりとりや建築年月日が詳細に記されていた。探偵漫画なら「第七の真実」みたいな感じで登場する証拠だ。現実って案外、捨てた紙の束に真実がある。

法務局での小さな戦い

登記官の一言が事件を動かす

「これ、再建築じゃなく新築扱いでいけますね」 登記官の冷静な判断に、依頼人は肩を落としながらもホッとした様子だった。やはり、書類は正しく整えることで初めて人を救う力を持つ。逆に言えば、整っていない限り、どれほど現実に存在していようと、認められないのだ。

誤解された手続きの正体

今回の件は、未登記建物というより、正確には「放置された建物」であった。誰かが手を抜き、誰も気づかず、やがて誰も責任を取らなくなった。ただそれだけのことが、こうも大事になるのだ。司法書士の出番は、いつだってその「抜け」を埋めることにある。

真実に辿り着いたとき

幻の登記完了証

数週間後、登記が無事完了し、登記完了証が事務所に届いた。私はホッと胸をなでおろした。書類がそろい、ようやく「この家は存在する」と言えるようになったのだ。何とも地味で、しかし確実に人を救う仕事だと思った。

空き家に残された手紙

その後、依頼人から一通の封書が届いた。そこには「床下の契約書と一緒に見つかった父の手紙」の写しが入っていた。「この家を、誰にも迷惑をかけずに守ってくれ」という内容だった。やれやれ、、、少しだけ泣きそうになった。

サトウさんの冷ややかなツッコミ

「最初から床下見れば良かったですね」

「わざわざ現地調査して、近所のおばあさんに話聞いて、最終的に床下でしたか」 冷たい視線が突き刺さる。私は肩をすくめた。「まあ、全部がヒントだったってことで…」

「だから言ったじゃないですか」

「測量図の不一致、最初に気づいてましたよね?」 ぐうの音も出ない。けど、そういう積み重ねがあるから、最後の一手が活きるんだ。たぶん。

やれやれ、、、事件は終わった

今日も書類と睨めっこ

事件は終わったが、書類の山は終わらない。机の上には次の案件の申請書類。私はホッチキスを取り出し、無言で留める。人生、地味な仕事の繰り返し。

次の依頼人がドアを叩いた

「すみません、ちょっとややこしい相続がありまして…」 またか。また地味な事件が始まる。でも、やれやれ、、、それが俺の仕事だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓