朝のコーヒーと一本の電話
まだ湯気の立つコーヒーカップを片手に、私は椅子に深くもたれかかっていた。
午前8時45分、今日は少しだけゆっくりできるかと思っていた矢先。
鳴ったのは、妙に気だるい音の固定電話だった。
名義人が見つからないという依頼
電話の相手は地元の不動産会社の社長だった。
「売買契約を結びたい物件があるんですがね、名義人が失踪してまして」
眠気が吹き飛ぶのに、3秒もかからなかった。
塩対応のサトウさんの一言
「またそういう案件なんですね」サトウさんは、腕組みをしたまま画面も見ずに言った。
パソコンをカタカタと叩く指先は止まらない。
その横顔はまるで、サザエさんで波平の話を完全に聞き流しているカツオみたいだった。
行方不明になった男の登記簿
依頼された物件の登記簿謄本には、15年前の住所と氏名が載っていた。
ところが、その名義人には連絡がつかず、所在も不明だという。
「失踪者の相続か?」と思ったが、死亡の記録もない。
旧所有者の名義が残されたまま
「所有権は変わっていないんですよ。買主が見つかったのに、これじゃ契約もできません」
不動産会社の声は焦っていた。
私の胃も、じわじわと重くなっていく。
住所は存在しているのに人がいない
現地を訪れてみると、建物は古く、人の気配はない。
隣家の老婆に尋ねると、「ああ、あの人は10年くらい前に急にいなくなったよ」とのこと。
まるで『名探偵コナン』でよくある、村人全員が口を濁すタイプのエピソードのようだった。
書類に潜む違和感
名義人の印鑑証明は、確かに発行されていたが日付が古い。
委任状にも署名があったが、妙に筆跡が不自然だ。
私は机の引き出しから、過去の登記書類を引っ張り出して並べてみた。
不動産の権利証と古い印鑑証明
封筒にしまわれていた権利証は、バブル時代のような書式だった。
「これは時代を感じますね」とサトウさんがつぶやいた。
目元は笑っていたが、口調は冷たかった。
委任状の文字の揺れ
一文字一文字が妙に歪んでおり、特に「譲渡」の「譲」の文字が別人の筆跡に見えた。
私は昔の野球部時代、スコアブックの数字が雑だったことで怒鳴られたことを思い出す。
「人のクセって、やっぱり消せないんだよな」
調査開始と過去の影
仕方なく、私は名義人の旧住所を管轄する市役所へ向かった。
住民票の除票すらない状態で、足取りは完全に途絶えていた。
普通に引っ越しただけなら、こんなに情報が空白になるはずがない。
近隣住民の証言
「あの人はね、ある日突然夜逃げしたって噂だったよ」
近くのクリーニング店の店主がそう語った。
夜逃げ、、、それはまるで昭和のテレビドラマのような響きだった。
家族の存在を匂わせる言葉
「確か奥さんと子供さんも一緒だったような…」
店主の言葉が、謎をさらに深くする。
だが、戸籍にも動きはなかった。まるで家族ごと、登録から消えてしまったようだった。
サトウさんの推理と一通の郵便
その時、サトウさんが「ちょっと気になることが」と声を上げた。
「この人、実は別の名義で郵便物を受け取っていた可能性があります」
彼女の目がキラリと光った。
転送不要で返ってきた封筒
試しに出した手紙が、「転送不要・宛所不明」で戻ってきた。
これで、名義人が現在その住所にいないことは確定だ。
そして、もし意図的に転送されないようにしていたとしたら、、、?
宛名の筆跡が語るもの
封筒の表書きを見たサトウさんは、ふとつぶやいた。
「この筆跡、前に見た委任状と一致しますね。たぶん、名義人本人が誰かになりすましてる」
私はゾクッと背筋が凍った。
そして司法書士の出番
私は過去の申請書を洗い出し、類似の筆跡と住所を探した。
すると、同じ字を書く別名義の登記がいくつか見つかった。
「やれやれ、、、また面倒な展開だな」と、つい呟いていた。
やれやれやっと俺の出番か
法務局に調査書類を提出し、偽名で登記された可能性を報告。
その後、所有権移転登記の抹消と真正な登記の回復が行われた。
すべてが終わるまでに、3か月。胃薬の消費量は2箱分だった。
空欄を埋めるための最後の一手
名義人はついに発見されなかった。
だが、法律上の処理と相続人の特定によって、登記は完了した。
サトウさんは「結局、名義人より先に名義が消えましたね」とぼそり。