朝の来訪者
不機嫌な目覚めと鳴り響くチャイム
早朝7時、休日のはずの玄関チャイムが鳴り響く。布団の中でうめき声を上げながら、重い体を引きずって玄関へ向かう。インターホン越しに見えたのは、見知らぬ中年男性だった。
相談者が差し出した一枚の登記事項証明書
男は言った。「この土地、私のものじゃないはずなんですが…」。差し出された登記事項証明書には、彼の名前がしっかりと仮登記されていた。しかも、10年前の日付で。
仮登記簿に記された名前
所有権の仮登記とその背景
仮登記には所有権の移転を予約するような旨が記されていた。しかし実際には、売買契約書も委任状も何も見つからない。男は何も知らないと繰り返すだけだった。
債権者か何かの隠された意図
仮登記が使われるのは、所有権移転の保全や担保的な手段が多い。しかし、今回のように10年も放置されているのは異常だ。仮登記の背景には、もっと深い事情が隠されていそうだった。
サトウさんの冷静な指摘
塩対応の奥にある洞察力
「その人、仮登記のことを知らなかったって言ってますけど、印鑑証明書は出てますよ」——サトウさんが言う。相変わらずの塩対応だが、指摘は的確だ。僕は黙って頷いた。
形式的な文言に潜む不自然な点
仮登記の原因証書欄には「予約による所有権移転」と書かれていた。だが契約日が存在しない。それどころか、登記に必要な書類もすべて「原本還付済」になっていた。不自然すぎる。
登記簿謄本と過去の取引
役所に残された真実の断片
法務局で過去の閉鎖登記簿を閲覧する。そこには数年前、同じ土地で一度競売がかけられた履歴が残っていた。落札されたはずなのに、登記はされていない。
十年前の仮登記と現在の矛盾
仮登記の日付は、競売よりも前だった。ということは、この仮登記によって落札者の名義変更が阻まれていたのか?仮登記は盾として機能し、誰かの利益を守っていたのだろうか。
土地の名義と亡き前所有者
不自然な名義変更のタイミング
前所有者は五年前に亡くなっている。なのに、その一年前に仮登記の名義人を「承諾」したという記録がある。死期を悟って、何かの保全措置を講じたのだろうか。
死亡届と登記の時系列のずれ
市役所で取得した死亡届と照合すると、タイムラインがずれていた。仮登記承諾日と死亡日が数日違うだけ。しかも証明書の日付は手書きで、筆跡は同じ人物のようだった。
不動産会社との接触
聞き取り調査と明らかになる意図
当時の不動産仲介業者に話を聞きに行った。年配の営業マンが思い出したように語った。「あのとき、変な司法書士が急に登記だけ済ませたって話があってね…」
営業マンの曖昧な記憶と名刺の謎
その営業マンは、名刺の裏に手書きで「予約仮登記」とメモしていた。僕が名刺を受け取ると、隣でサトウさんが小声で言った。「その筆跡、死亡届と同じですね」
意外な人物の関与
司法書士仲間からの電話
僕の携帯にかかってきたのは、かつての同期の司法書士・ナガセからだった。「その登記、うちの事務所で代行したやつかも。なんか、妙に急がされた記憶がある」
依頼人の裏にいた旧知の男
話を聞くうち、仮登記の依頼主が見えてきた。名義上の仮登記者の甥にあたる人物で、過去に僕が相談を断った男だった。あのときの恨み、まだ残っていたのか。
事務所に戻る二人の沈黙
サザエさん的日常との落差
「まったく、こっちは日曜の朝から戦争ですよ」——僕がぼやくと、サトウさんは黙ってカップラーメンにお湯を注いでいた。まるでサザエさんの家の昼下がりみたいな空気だ。
やれやれの一言と新たな仮説
僕はお湯を注ぎながら呟いた。「やれやれ、、、どうしてこう、仮登記ってのは犯罪の温床になるんだろうな」。そしてふと思いついた。これは、最初から狙われていた仮登記かもしれない。
仮登記の真実と犯罪の匂い
登記を利用した財産隠し
名義を変えずに仮登記でブロックする。それにより、実質的な所有者を守るスキーム。だが今回の件は、仮登記を装った資産隠しであり、相続税逃れに近いものだった。
書類偽造と時効の境界線
書類の一部が偽造されていたとすれば、刑事告訴も視野に入る。しかし、登記から10年が経っており、時効の壁が立ちはだかる。それでも、真実を暴く価値はある。
最後の対峙と決着
静かな告白と司法書士の矜持
仮登記者の甥を問い詰めると、彼はあっさり認めた。「伯父が死ぬ直前、財産を守ってほしいと言われたんです」——動機は同情でも、手段は違法だった。
仮登記簿に刻まれた小さな正義
結局、登記の抹消手続きが進められた。法はすべてを救えないかもしれないが、少なくとも悪用は止められる。僕は申請書を提出しながら小さく呟いた。「次の休日こそ、寝かせてくれよな」