登記簿が導いた消えた家族

登記簿が導いた消えた家族

依頼人が語った奇妙な相談

「登記簿には私の家族の名前があるのに、誰も住んでいないんです」と、依頼人の中年男性は困惑した表情で言った。 一見ありふれた相談のようでいて、その一言にはどこか現実離れした響きがあった。 事務所のエアコンが効いているはずなのに、妙に背筋が寒く感じられた。

名義の家に誰も住んでいないという違和感

問題の家は、地方都市の郊外にぽつんと建っている一軒家だった。 登記上は依頼人の父名義だが、相続登記はされておらず、名義もそのまま。 だが、実際に行ってみると、そこには人の気配も、家具も、生活の痕跡すらなかった。

近隣住民が語る「存在しない家族」

近所の住民に聞き込みをしても、誰も依頼人の家族を見たことがないと言う。 「そんな家、ずっと空き家でしたよ」と、向かいの老婦人が首をひねった。 依頼人が語った家族の記憶と、実際の土地に残る現実とのギャップがますます深まっていく。

登記簿に残された小さな違和感

登記簿謄本を改めて確認すると、ある一つの項目が目を引いた。 所有権移転の欄に、明らかに不自然な筆跡の違いがあったのだ。 まるで誰かが一部だけ筆跡を変えて書き加えたようにも見える。

所有権移転のタイミングが不可解だった

登記上では平成12年に父から息子への生前贈与が記されていた。 だが、戸籍を追っていくと、その父はその年の前年に既に死亡している。 死人が書類を作成したというのか?不気味な矛盾が現実を浸食し始めていた。

不動産業者が記憶していた別の家族構成

過去にこの家を媒介したという地元の不動産業者に話を聞くと、「たしか女性が名義人だった」と証言した。 しかし登記簿にはそんな人物は一切記載されていない。 どうやら、誰かが記録を意図的に改ざんした可能性が出てきた。

サトウさんの冷静な分析

「これは、、、典型的な偽装相続の可能性がありますね」 淡々とそう言いながら、サトウさんは書類の束を机に並べていく。 どれも一見普通の登記書類だが、その中には重大なヒントが隠されていた。

固定資産税課税台帳に残された真実

サトウさんが取り出したのは、市役所の課税課で入手した台帳だった。 その記載には、3年前まで「山田花子」という人物が納税していた記録が残っていた。 だがその名は、登記簿にも戸籍にも現れてこない謎の存在だった。

電気水道の契約名義が物語るもの

さらに電力会社に問い合わせたところ、契約者名が登記と一致していないことが判明した。 ずっと使用されていなかったはずの家に、毎月電気料金の引き落としがあったという。 まるで“誰か”が存在しないふりをして住み続けていたかのようだった。

消えた家族と名義人の過去

事件の焦点は、依頼人の父が実際にどんな人間だったのかという点に移っていった。 調査の結果、彼にはかつて別の名前を名乗っていた時期があることが判明した。 複数の戸籍を経て、過去を塗り替えながら生きてきた形跡があったのだ。

過去の戸籍を辿ると浮かび上がる謎の改名

昭和時代に一度失踪宣告を受け、その後別名で再登録された経歴があった。 戸籍には「中村太一」という記載も残っており、いわば二重人生だったわけだ。 その中村という名は、かつて近所で「夜逃げした家族」として噂されていた名前でもあった。

謄本に記された“二重の転出届”

さらに奇妙なのは、同一人物が別の住所に二度転出届を出していた記録があること。 どちらの住所にも“家族”と名乗る人物が存在していたが、その構成は微妙に異なっていた。 一つの人生に、二つの家族が同時に存在していたということになる。

司法書士シンドウの現地調査

ここで私、シンドウの出番となった。 現地へ赴き、物件の現況を自分の目で確かめる。 鍵はかかっておらず、玄関を開けた瞬間、埃とカビの匂いが鼻を突いた。

廃墟となった家の玄関に残された鍵

下駄箱には、今は使われていない古い鍵が無造作に置かれていた。 一緒にあった封筒の中には、誰かに宛てた手紙が数通。 差出人の名は「山田花子」――すでにどこにも存在しないはずの人物だった。

隣家の老人が話した決定的証言

「夜中に灯りが点いてるのを何度か見たことがあるんだよ」 隣の家に住む老人がそう証言した。 どうやら誰かが、今もこの家を密かに使っていた可能性が出てきた。

すれ違う警察と法務局の見解

警察は事件性が薄いとして捜査に乗り気ではなかった。 法務局も「記録上問題はない」の一点張りだった。 だが、法的に問題がなくても、現実には人が“消えた”のだ。

失踪届の出されていない失踪

戸籍上も、住民票上も、失踪者としての記録はない。 そのくせ、生活感も家族の実態も残っていない。 これでは、法の網から完全にこぼれ落ちていることになる。

所有権は誰にあるのかという問題

最終的に所有権がどこに帰属するかを判断するには、実体的な証拠が必要だった。 私は依頼人に、法的手続きを進めるための委任状を求め、書類作成を開始した。 「やれやれ、、、こんなにややこしい登記は久しぶりだ」と独りごちる。

登記簿の矛盾が導いた核心

一つひとつの矛盾が繋がって、ついに一枚の絵が浮かび上がってきた。 それは、まるで怪盗キッドが変装の仮面を剥がされる瞬間のようだった。 偽装相続、名義変更、そして“存在しない家族”の真相とは。

二重登記の痕跡と偽装の疑い

古い台帳には、かつて別の登記簿番号が割り当てられていた形跡が残っていた。 そして、その番号が指す先は、隣県のまったく別の土地。 偽装登記によって過去の所有権を意図的に消し去った痕跡があった。

生前贈与を隠れ蓑にした偽装相続

父とされる人物はすでに亡くなっていたが、偽造された委任状によって贈与が成立したように装っていた。 その背後には、依頼人の叔父の存在が見え隠れしていた。 彼こそが“存在しない家族”を演出し、資産を乗っ取ろうとした真犯人だった。

サトウさんが提示した最後の手札

「この筆跡、微妙に変ですね」 サトウさんが見つけた遺言書は、偽造の証拠となる決定的な証言を含んでいた。 そこには、依頼人を除いた“家族”に全ての財産を遺すと書かれていた。

遺言書の保管場所とその筆跡

実際の筆跡と比較したところ、明らかに別人のものだった。 筆跡鑑定に出すまでもなく、明らかに誰かが作った“ニセモノ”だった。 さらに、封筒に押された消印の日付も、作成日と一致していなかった。

不一致の署名が語る真実

署名欄には“花子”の名があったが、これも戸籍に存在しない架空の人物。 つまり、この遺言書そのものが、存在しない家族を作り出すための道具だった。 背後で糸を引いていた人物の策略は、司法書士と事務員によって完全に暴かれた。

司法書士が暴いたトリックの全貌

事件の全貌は、法と現実の境界に潜むグレーゾーンを巧みに突いたものだった。 登記簿に隠された“家族”の正体は、他人の人生を模倣した影のような存在。 だが、司法書士の地道な調査とサトウさんの冷静な分析が真相にたどり着いた。

書類の間に挟まれていた家族写真の謎

一枚の古い写真。そこに写っていたのは、依頼人の父と、知らない3人の女性。 裏には「昭和56年 夏」と書かれていた。 写真が語るのは、二つ目の“家族”の真実だった。

最後に明かされた「本当の家族」の所在

調査の結果、その写真に写っていた人物は、現在も関西に住んでいることが判明した。 依頼人には一度も語られることのなかった、もうひとつの家族。 その事実に彼はしばし沈黙し、最後にぽつりと呟いた。「ありがとう」と。

事件の終焉とそれぞれの行方

事件は偽造文書の罪で叔父が逮捕され、登記も差し戻されることになった。 依頼人は、今後もこの家に住むことはないだろうと言った。 私は書類をまとめながら、ふと空を見上げてつぶやいた。「やれやれ、、、」

シンドウのうっかりが事件を救った

あの時、間違って別の登記簿番号を調べてしまったことが、全ての真相の発端だった。 元野球部の勘というやつかもしれない。いや、ただの偶然か。 どちらにしても、真実は書類の隙間に潜んでいたのだ。

やれやれ、、、これだから登記はやめられない

事件が終わっても、事務所には依頼が山積みだ。 サトウさんは既に次の書類に取り掛かっている。 私はコーヒーを飲みながら、ひとりごちた。「やれやれ、、、これだから登記はやめられない」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓