申請書は二度偽る

申請書は二度偽る

書類の届かない朝

朝のコーヒーを片手に、いつものようにパソコンを立ち上げた瞬間、画面に表示されたメッセージに俺は思わず眉をひそめた。 「未完了の申請があります」──オンライン申請システムの通知だった。 だが、俺は昨日、確かに全ての申請処理を終えたはずだ。

謎のメール通知と未処理の申請

再確認してみると、確かに一件の申請が「処理中」のまま止まっていた。 送信ログには俺のID、俺の署名、そして昨日の日付。 だけど──そんな申請、俺はやってない。

サトウさんの無言のクリック

「見ます」 サトウさんが無言で操作を始めた。クリックの音が事務所に響く。 彼女の指先は、まるで名探偵コナンの眼鏡のように正確に真実を照らす。

依頼人は消えた住所からやってきた

申請に記載された依頼人の住所は、既に解体された団地だった。 住民票を追っても転居先は空欄。まるで最初から存在していないようだ。 「この申請人、実在するのかも怪しいですね」サトウさんがぼそっと言う。

本籍地に残るわずかな痕跡

仕方なく本籍地から戸籍を取り寄せた。そこには一度だけ住所変更の記録。 しかもそれは十年前、すでに廃止された旧システムでの変更だった。 「うーん、これはちょっとした時空の旅ですね」俺がつぶやくと、サトウさんは無反応だった。

登録免許税は払われていた

奇妙なのは、そんな不完全な申請にもかかわらず、登録免許税はすでに納付済みだったことだ。 納付番号を確認すると、使用済みの番号が無理やり使い回されていた。 まるで、どこかの怪盗が金庫の鍵を偽造して入ってきたような話だ。

システムに残された謎の記録

オンライン申請システムには詳細なアクセスログが残っている。 「シンドウ」として申請された時間は、俺が夕飯を買いにスーパーで迷っていた時刻だった。 「やれやれ、、、お惣菜の値引きに心を奪われてる間に、誰かが俺になりすましてたわけか」

オンライン申請のログファイル

IPアドレスは特定のプロバイダを経由した匿名接続。だが、使われていた端末はおそらく役所の共有PCだ。 「もしかすると、内部の人間かもしれませんね」 その言葉に、俺は少しだけ背筋が寒くなった。

同じIDから送られた二つの申請

さらに奇妙なのは、同じ日に「まったく同じ内容の申請」が2回行われていたことだった。 一つは未処理、もう一つは申請完了。 「二つ目はゴーストだと思った方がいいですね」とサトウさんは断言した。

もう一人の司法書士

ふと気づいた。「あいつの仕業かもしれん」 かつての同期で、何かと俺の真似をしては先回りしていた奴がいた。 あいつは登録抹消になったはずだが、何かが引っかかる。

偽名と資格証の影

登記申請には司法書士の登録番号が必要だ。しかし今回のものには番号がなかった。 代わりに添付されたのは「印鑑証明書」の画像ファイル。加工されていた。 画像の圧縮形式まで手が込んでいる。

業界内の噂と古い同期の存在

同期だった奴の名前をネットで検索してみると、最近ある講演会で司会をしていたらしい。 「名前、違うんじゃないですか?」とサトウさんが口を挟んできた。 見れば旧姓を使っていた。なるほど、そういうことか。

過去の登記と今の矛盾

俺は過去にその依頼人の登記を一度だけやっていた。 そして今回の申請には、その時の添付書類がそのまま流用されていたのだ。 まるでタイムスリップした書類だ。

添付書類に見覚えのある印影

印鑑の形、朱肉のにじみ方、紙のシワまでも一致していた。 つまりスキャン画像が再利用されたのだ。 「これは悪質です。完全にアウトですよ」サトウさんの声が冷たかった。

旧姓のままの所有権移転

その登記には、依頼人の氏名が旧姓のままで記載されていた。 今ならシステムで自動変換されるはずが、それがない。 つまり、申請者は古い情報しか持っていなかったことになる。

まるでサザエさんのような隣の奥さん

そんな中、依頼人の隣に住んでいたという奥さんが事務所を訪ねてきた。 「あの人ねえ、いつも何かに追われてるみたいだったわ」 まるで波平さんに叱られる前のカツオのような慌てぶりだったという。

奥さんという言葉の違和感

「奥さん、って誰のことですか?」 「え?その人、男じゃなかったの?」 その瞬間、俺の中で全てが繋がった。依頼人は女だった。

火曜サスペンスのごとく語る大家

ついでに現れた大家が語った。「あの部屋、実は空き家なんだよ。半年以上ね」 ──つまり、本人が住んでいたわけではない。幽霊のような存在だった。 火曜サスペンス劇場で見たような展開に、俺は顔をしかめた。

鍵は通知メールの時刻

俺たちはふたたび申請時刻に注目した。 すると、通知メールの時刻と実際の申請時刻に1分のズレがあった。 そのズレは、手動で処理を送った証拠だった。

申請時間と業務時間外の謎

申請が送られたのは午後7時23分。 通常なら役所は閉まっている。 つまり、それを可能にする特別な権限を誰かが使った。

IPアドレスと接続元の誤差

接続元の情報を解析すると、県庁内の特定セクションからだった。 つまり、県職員が関与していた可能性が高い。 そして、その名前を見たとき、俺は息を呑んだ。

背後にいたのは誰か

そこにいたのは──俺の同期だった司法書士。 資格を失ったあと、県庁の臨時職員として働いていた。 すべてのピースが揃った瞬間だった。

システムを操った真犯人

同期は俺のIDと過去の申請書を盗用し、不正な申請を行っていた。 目的は、ある不動産の名義を密かに移すことだった。 俺の名前を使えばバレにくい──そう思ったのだろう。

名義変更と不正受任の接点

しかし司法書士法により、それは明確な不正受任だった。 しかも二重申請は、国のシステムにも痕跡が残る。 サトウさんが作成した報告書が決定打となった。

やれやれ俺の出番か

県庁に出向き、事情聴取を受けた。同期は観念してすべてを話した。 その場面はまるで名探偵ルパンが最後に笑うシーンのようだった。 「やれやれ、、、もう少し平穏な日常が欲しいんだけどな」

録音データに残された声

決定的だったのは、同期が送った通話の録音データ。 俺の事務所に「間違って」かけてきたふりをして、声を残していた。 その中に、自白にも等しい独り言が入っていた。

オンラインの裏側で繋がった嘘

オンラインは便利だが、全てが記録されている。 嘘もごまかしも、すべてログに残るのだ。 そして真実は、そこに静かに眠っていた。

申請はやり直せても信頼は戻らない

誤った申請は取り下げられ、正式な手続きが行われた。 だが一度失われた信頼は簡単には戻らない。 「書類は再提出できても、人の信用は一発アウトですね」とサトウさん。

書類の差し戻しと告発の行方

俺たちがまとめた告発資料は、県庁と法務局に提出された。 同期には法的責任が課され、県も再発防止策に乗り出した。 少しだけ、正義が報われた気がした。

書類と心に残る二重の痕跡

オンラインの時代に生きる俺たちは、書類だけで人を信じる危うさを再認識した。 紙よりも深く、データよりも重く。 人の心に残ったその痕跡こそが、真実だった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓