証言は二度死ぬ
朝の来ない登記相談
その日、僕の事務所にはめずらしく若い女性が訪ねてきた。 彼女は少し震える声で「登記の相談がしたい」と言い、封筒を差し出した。 だが、具体的な内容を話す前に、携帯に着信が入った彼女は小さな声で「ごめんなさい」と言って席を立ち、それっきり戻ってこなかった。
消えた委任状と赤い印鑑
数日後、彼女が置いていった封筒を開けてみると、中には仮登記に必要な書類一式が入っていた。 しかし、よく見ると委任状の印影がどうにもおかしい。印鑑が妙ににじんでおり、住所も旧字体で記されていた。 まるで誰かが、別人になりすまそうとした痕跡のようだった。
サトウさんの無表情な推理
「この印鑑、朱肉が新しすぎます」 淡々とした口調で、サトウさんがぼそりと言った。彼女は書類のコピーをとりながら、すでに何かに気づいているようだった。 「あと、この委任状の文言、法務省のテンプレートと一文字だけ違ってます。わざとでしょうね」
依頼人は二度現れた
翌週、別の女性が「この書類のことで相談が」と事務所にやって来た。 見るからに落ち着いた様子で、服装も前の女性とは違っていたが、名前は同じ「ミヤザキアキ」。 不思議な既視感に僕が戸惑っていると、サトウさんが後ろから「この人、声のトーンがまるで違いますね」とささやいてきた。
地方紙の死亡記事
たまたま法務局で手にした地方紙に、驚きの記事が載っていた。 「ミヤザキアキさん(28)自宅で倒れて死亡。事件性なし」と書かれていたのだ。 写真を見ると、最初に訪ねてきた女性だった。「死人が登記相談に来たってわけか……」
やれやれ、、、俺の出番か
幽霊の相談者、二人の同姓同名、妙な印影。 嫌な予感しかしない。こういうときに限って、仕事は山積みで眠れていないのに。 「やれやれ、、、こんなの、カツオの悪知恵みたいだな」とつぶやきながら、資料をかき集めた。
仮登記の奥に潜む罠
仮登記の申請人をたどっていくと、住所がすでに他人名義に変わっていることがわかった。 だが登記簿の履歴を見ると、名義変更直前に何度か謄本が請求されていた痕跡があった。 「これ、誰かがタイミングを見て仕掛けたな」とサトウさん。犯人は法の網の隙間を知っている。
名義変更に潜む二重の罠
さらに調べると、「ミヤザキアキ」という名義で申請された不動産が、複数の地目で存在していた。 しかも、それぞれ登記の目的が違い、別人が関わっていた形跡がある。 つまり、名前だけを使ったなりすましと、死者の登記を使った詐欺が混在していたのだ。
法務局の静かな応接室で
事情を説明するため、僕とサトウさんは法務局の応接室に呼ばれた。 現れたのは年配の登記官と、その横に座る無表情な女性。 なんと、彼女は最初の「ミヤザキアキ」の姉だという。そして、「妹の死を利用された」と声を震わせた。
サザエさん方式のアリバイ崩し
「妹が亡くなった夜、録画してたサザエさんの再放送を一緒に見てたんです」 姉が語った内容と、録画の視聴履歴から、妹の死亡推定時刻に矛盾が出た。 つまり、死亡日時そのものが操作されていた可能性が出てきた。
最後の証人は登記簿
結局、登記簿に残された履歴と、提出された申請書類のタイムスタンプが決め手となった。 法的には「誰が」「いつ」「どこで」「何を」登記しようとしたかの足跡は必ず残る。 それが、最後に真実を証明する証人となるのだ。
サトウさんのため息とアイスコーヒー
事務所に戻ると、サトウさんは静かにため息をついた。 「こんな事件、2回目なんですよ。うんざりです」 そう言いながら、アイスコーヒーを一気に飲み干していた。冷たそうだ。
消された証言と生きていた名義人
詐欺の首謀者は、死亡したと思われていた男性と共謀していた元不動産業者だった。 ミヤザキアキの名前は、過去に取引で使われた偽名でもあったのだ。 「証言は二度死ぬ」なんて、まるでスパイ映画みたいだが、これは現実だ。
登記の裏で誰が笑ったのか
不正登記による利益は、すでに別の口座に移され、回収は困難だった。 けれど、事件が明るみに出たことで今後の登記制度見直しの声が高まった。 「まぁ、誰かが得をしたってことさ。俺以外がな」と、ひとりごちた。
書類の中の小さな嘘が全てを壊す
たった一つの委任状の文言の違い。 それが全ての歯車を狂わせ、命まで奪われた。 「やっぱり紙ってこわいよな」と、僕は今日も書類にハンコを押した。
真実は再び証された
最終的に、仮登記は職権で抹消され、正当な相続人に名義が戻された。 本当の意味で「証された」のは、静かに残された記録と、 その記録を信じ、解き明かそうとした僕たち司法書士の役目だった。