第一章 奇妙な相談者
見知らぬ依頼人の緊張
玄関のチャイムが鳴ったとき、私はちょうどコンビニのカップラーメンにお湯を注いだところだった。見るからに緊張した面持ちの中年男性がドアの外に立っていた。 彼は名刺も差し出さず、突然こう切り出した。「この家、私のものだったんです。本当は。」
サトウさんの鋭い指摘
その場では曖昧に話を聞いてしまったが、件の物件の資料を調べるため、サトウさんに声をかけた。 「これ、何かおかしくないですか?」と彼女がPC画面を指さす。 彼女の視線の先には、現在の所有者欄に記された見覚えのある名前があった。
第二章 消えた相続人
戸籍の不自然な空白
戸籍を追っていくと、あるべきはずの人物の記録が不自然に途切れていた。 亡くなった被相続人の長男が、ある時期から記録に登場しなくなっている。 失踪宣告か、それとも意図的な除籍か、判断が難しい。
遺言書に記された謎の名前
さらに奇妙なことに、公正証書遺言の中に一度も聞いたことのない名前があった。 「山下浩一」という人物に全財産を相続させると書かれている。 依頼人は「そんな人間、家族にも親戚にもいない」と首を振った。
第三章 登記簿に残された違和感
住所の記載に潜む罠
登記簿上の住所が、ある時点から番地単位で変更されている。 「山田町五丁目一番地」から「山田町五丁目一の一」となっていた。 この小さな違いが、過去の記録を曖昧にしていた要因だった。
謄本から読み取れる嘘の痕跡
さらに過去の閉鎖登記簿謄本を閲覧すると、ある時期から所有権移転の原因欄が空欄になっていた。 これが本当に法務局のミスなのか、それとも誰かが意図的に書類を差し替えたのか。 「まるで怪盗キッドの変装マジックですね」とサトウさんが珍しく比喩を使った。
第四章 不動産の移転と過去の影
旧所有者が残した小さな矛盾
物件の旧所有者、つまり依頼人の叔父は、生前に「この家は兄貴に返す」と言っていたらしい。 しかし、遺言では赤の他人に渡すとされていた。 「言葉と行動が一致してない人間は、信用できない」と依頼人がつぶやいた。
司法書士会の古い記録
私は司法書士会の文書管理室に電話をかけ、数十年前の登記申請書の控えを確認した。 そこには、ある司法書士の名前とともに「所有権移転の同意書」の写しが添付されていた。 だが、その司法書士はすでに亡くなっており、追跡調査は難航した。
第五章 サトウさんの推理
静かなる分析と断定
「この山下浩一、実在しません。おそらく、長男本人が偽名で遺言を書かせたんです」 サトウさんがファイルをめくりながら言った。 「筆跡も一致してます。おそらく、高齢の被相続人の意思能力も問題だった可能性が高いです」
昔話に隠された伏線
依頼人がふと口にした昔話にヒントがあった。 「子どもの頃に浩一って名前の犬を飼ってたんですよ。兄貴が溺愛してて」 その名前をわざわざ遺言に使ったということは、皮肉なメッセージだったのかもしれない。
第六章 シンドウの現地調査
山間の古家に足を踏み入れる
私は長男の痕跡を求めて、登記簿上の古家を訪ねた。 鍵は壊され、雨水の跡が壁を濡らしていた。 しかし、棚の中から未提出の登記申請書が出てきた。
雨に濡れた登記済証
その書類と一緒に、かつての登記済証が半ば溶けた状態で見つかった。 そこには「山田誠一郎」の名前が明確に記されていた。 長男はやはり、何かを隠していた。
第七章 もうひとつの遺言
複写された書類の真贋
依頼人が持参したコピーと、役場に保管されていた原本とを比較した。 明らかに文言の違う別の遺言書が存在していたのだ。 偽造か、あるいは書き換えか。私は筆跡鑑定を依頼した。
本物の証言者の出現
かつての介護ヘルパーが名乗り出てきた。 「山下浩一なんて人、聞いたこともない」と断言した。 さらに、彼女は長男が被相続人の印鑑を勝手に使っていたと証言した。
第八章 登記簿が指し示す真相
決め手は地番の違い
番地が微妙に違っていたことで、真実の所有権が見落とされていた。 旧地番と新地番の境界を越えていたのは、長男の偽装工作だった。 「登記簿は嘘をつかない」とは言うが、それは正しく扱われたときだけの話だ。
相続登記の誤りが生んだ悲劇
被相続人の本当の意思は、最後まで書類の迷路に埋もれていた。 依頼人が「兄貴のことを誤解していたかもしれない」とつぶやく。 だが、それを裁くのは私たち司法書士ではない。
第九章 すれ違った正義と救済
被害者の沈黙と加害者の動機
長男のやったことは明確に犯罪だった。 しかし、彼がなぜそこまでして家を守ろうとしたのか、その心情は計り知れなかった。 家族というものは、時に最も複雑な謎を孕んでいる。
司法書士としての矜持
私は書類をまとめ、法務局に報告書を提出した。 同時に、依頼人に「これが私にできる限界です」と頭を下げた。 「それで十分です」と彼が微笑んだのが、唯一の救いだった。
第十章 やれやれまたこれか
サトウさんの一言で我に返る
「結局、最後は書類ですよね」 サトウさんの塩対応が妙に心地よく感じた。 私はため息をつきながら、いつものカップラーメンを手に取った。
静かに閉じるファイルと長い溜息
依頼ファイルを棚に戻し、ふと外を見ると雨が止んでいた。 やれやれ、、、また一つ、面倒な事件が片付いたようだ。 でもどうせ、明日もまた何か起こるんだろうな。