朝の電話と不穏な依頼
「代表者変更の登記をお願いしたいんですが……」
朝一番、まだコーヒーの香りも立ち上る前にかかってきた電話は、妙に湿った声だった。内容は法人の代表者が変わったからその登記をしてほしいという、至って普通の依頼のはずだった。だが、受話器越しの沈黙が数秒長すぎた。
登記変更のはずが遺体発見
依頼を受けたその日の午後、書類を受け取りに向かった会社の事務所で、異臭がすると騒ぎになった。裏の倉庫で見つかったのは、スーツ姿の中年男性の変死体だった。身元は現代表者……のはずだった人物。
依頼人の言動に感じた違和感
「あれ? 代表は先週交代してますから」と依頼人は淡々と話した。まるで死体を前にしている感情がなかった。登記申請の日付と、死体の発見された状態。いくつかの点がかみ合わないことに、サトウさんが眉をひそめた。
サトウさんの冷静な推理
「シンドウ先生、ちょっとこの書類、おかしいです」
サトウさんが差し出したのは、代表者変更の登記申請書。そこには新代表の氏名と押印があったが、書類の書きぶりが、どこか事務的すぎる。
登記簿に現れた空白
登記簿を確認すると、確かに変更登記は未了のままだった。しかも、前回の代表者変更からはまだ半年しか経っていない。なぜ急ぐのか?なぜ急がねばならなかったのか?
名義変更の謎を追う手がかり
代表者が死亡していた場合、登記変更ではなく、相続や清算の手続きが必要な場合もある。しかし今回のケースでは、生存していると仮定した上での登記準備が進められていた。あまりに都合が良すぎる。
消えた代表者の足取り
死亡推定時刻は数日前。ではその間、誰が社印を管理していたのか。書類にはその印影がくっきり残っていた。「これ、死後に押した可能性が高いですね」とサトウさん。冷たい目が一瞬光る。
古い印鑑と使われない銀行口座
旧代表の名前で開設された銀行口座に、数百万の振込履歴があった。ただし最近はまったく動きがない。そして、その通帳は見つからなかった。金の流れを断つための意図的な切断か。
隣人が語った奇妙な証言
「三日前に見ましたよ。夜中、誰かともめてる声が聞こえました」
隣の店舗の店主がそう証言した。監視カメラには、人影がひとつ映っていた。荷物を抱えて裏手へ消えるその姿には、どこか見覚えがあった。
シンドウの勘と現場調査
やれやれ、、、また現場調査か。こういうのは警察の仕事のはずだが、依頼人の言動がどうにも腑に落ちない以上、調べないわけにもいかない。倉庫の奥、埃をかぶった古い棚の裏に、何かがあった。
倉庫の中の遺留品
見つかったのは破かれた委任状の一部と、押印されたままの法人契約書だった。これが決定的な証拠となる。死んだはずの男の名で、何かを偽装しようとした形跡が明らかになってきた。
やれやれ、、、こんなことになるとはな
手袋をしたまま書類を並べ直しながら、思わず口から漏れる。「やれやれ、、、こんなことになるとはな」。
まるでルパン三世が逃げ出したあとの銭形警部のような気分だった。だが、今回は泥棒ではなく、登記の影に隠れた偽装工作だった。
決定的な証拠と動機
依頼人の筆跡と、新代表の署名が酷似していた。そして、あの夜映っていた人影と体型もまた一致する。つまり、代表者が死んだあとで、誰かがその名を借りて変更登記をしようとしたのだ。
サインされた委任状の矛盾
日付が死亡推定日の後だった。これは言い逃れのできない物証だ。さらに、押された印鑑の指紋を警察が検出し、依頼人のものと一致したことで、すべてが繋がった。
欲と恐怖が生んだ悲劇
金を動かすには代表者の資格が必要だった。しかし死亡により権限を失う。それを避けるために、彼は印鑑と遺体を一時的に隠し、書類を偽造したのだった。欲望と恐怖が絡み合った、哀れな犯行だった。
事件の終わりと日常への帰還
警察の事情聴取を終えて戻ると、サトウさんは黙々と登記簿の整理をしていた。まるで何事もなかったかのように、コーヒーの湯気だけが漂っている。
サトウさんの一言と苦いコーヒー
「先生、今回はちゃんと活躍しましたね」
皮肉とも賞賛とも取れるその一言に、少しだけ救われた気がした。
コーヒーは冷めかけていたが、心の中に小さな熱が灯っていた。
書類の山に埋もれた小さな達成感
机の上には依頼案件が山積みだった。現実はサザエさんのように、毎週同じような日々が続く。それでも今日は少しだけ、空気が軽かった。
小さな正義を一つだけ、取り戻せた気がした。