第一章 旧家の相談者
遺言書の謎と古い登記簿
築七十年は経っていそうな和風建築の旧家に、僕はスーツを引っかけて出向いた。依頼者は、手に震えるほど古びた遺言書を持っていた。内容は一見すると素朴な分割指定だったが、登記簿との整合性に奇妙なズレがあった。
サトウさんの鋭い指摘
「これ、昭和の頃の筆界で処理されてますよ」 事務所に戻り、例の遺言書を手にしたサトウさんが、瞬時に矛盾点を見抜いた。まるで銭形警部がルパンの足跡を見つけるかのような鮮やかさに、僕は思わず唸った。
第二章 消えた相続人の影
戸籍から読み取れる違和感
戸籍謄本を洗い直すと、ある人物の記載が平成の半ばで消えていた。失踪届か除籍か、しかし確定的な記録がなかった。存在していた形跡だけが、幽霊のように登記簿に残っていた。
田舎町に残された空き家の秘密
その人物の名義がついたままの土地は、誰も訪れない山あいの空き家だった。雑草に覆われた敷地には、郵便受けだけが新品だった。誰かが意図的に管理している……そんな空気が漂っていた。
第三章 一通の封書と偽名の男
差出人のいない封筒
ある日、事務所のポストに差出人のない封筒が入っていた。中身は、消えた相続人が書いたと思しき手紙と、不自然に加工された登記事項証明書のコピーだった。手紙の中では彼が別人として生活していることが仄めかされていた。
誰かが仕組んだ時間差トリック
登記簿と手紙の記述の間には、わざと誤読を誘うような日付のズレが仕掛けられていた。まるで金田一少年のトリックを再現するかのように。やれやれ、、、僕の頭では追いつかない。
第四章 鍵を握る登記事項証明書
サトウさんが突き止めた記録の矛盾
「あの登記、実は仮登記のままです」 サトウさんが言った瞬間、謎が一気に氷解した。過去の売買が完了していないまま、所有権が表向きだけ移動していたのだ。そのズレを利用していた犯人が見えてきた。
古い地番に潜む過去の取引
地番の切替前後に不動産業者を介した奇妙な売買記録が見つかった。そこに登場したのが、依頼者の親族であり、消えた相続人の“別人としての顔”だった。
第五章 僕と元野球部の同期の再会
昔話と現在をつなぐ伏線
調査の中で、思いがけず高校の野球部仲間と再会した。彼は現在、土地の管理会社をしており、例の空き家の草刈りを請け負っていたという。「あそこ、時々誰か来てるっぽいよ」その一言が、確信に変わった。
嘘をついた理由
彼の話によれば、空き家には時折、女性が一人で訪れていたという。彼女こそが消えた相続人の娘であり、父の生存を隠すために“遺産問題”の火種を放置していたのだった。
第六章 解けてゆく系図と不動産
空白の期間を埋める新事実
戸籍を辿った先に見つかったのは、密かに養子縁組されていた存在だった。登記簿の名義と系図が一致しなかった理由は、そこにあった。これを意図的に利用した者がいた。
名義変更に隠されたもうひとつの意図
仮登記を本登記にするためには、消えた本人の協力が不可欠だった。だが、その人物が偽名で生きている限り、それは叶わない。逆説的に、この“未完了”こそが、犯人にとっての最大の盾だった。
第七章 サザエさんの家と同じ構造
土地境界を巡るトラブルの暗示
図面を見ていて僕はふと笑ってしまった。家の構造が、あのサザエさん一家の家そっくりだったのだ。南向きの茶の間、裏口、そして物置。だが、その間取りが不自然な境界線を形づくっていた。
再登記を阻む思わぬ人物
登記のやり直しを進めようとしたとき、突然第三者から異議が出された。隣地の地主だった。かつての登記誤記が拡大解釈され、彼の土地と主張されていた一部が、まさにこの再登記対象地だったのだ。
第八章 決定的な証拠は登記簿にあり
住所変更と失踪届の関係
過去の登記には、所有者の住所が“変わっていない”記録があった。それこそが失踪を隠すための偽装だった。住んでいないのに住所をそのままにするというのは、意図的な操作以外の何物でもない。
登記の一筆が語る犯人の正体
最後に鍵となったのは、登記の備考欄に手書きで追記された一文だった。「名義変更は完了していない」と。サトウさんが見落としそうな文字を拡大して読み取ったその手書きこそが、依頼者自身による警告だった。
第九章 やれやれ僕の出番か
最後の一手と司法書士の逆転劇
全体像が見えた今、僕は法務局に駆け込んだ。仮登記の時効を援用するか、もしくは本人確認請求を起こすか。法の隙間を丁寧に縫いながら、すべてのピースを収める作業が始まった。
サトウさんの無言の笑み
処理を終えて事務所に戻ると、サトウさんがいつものように無言でコーヒーを差し出した。その口元に、わずかに浮かんだ笑みを見逃さなかった。やれやれ、、、彼女のほうが一枚上手かもしれない。
第十章 依頼者の本当の目的
遺産ではなく記憶の整理
真相を聞いた依頼者は、穏やかな顔で「これでいい」とつぶやいた。彼にとって財産の相続ではなく、家族の記憶を記録に遺すことこそが目的だったのだ。
結末と、それぞれの未来へ
空き家は更地になり、新しい世代のための保育園が建つことになった。登記簿はその変化を静かに見守っていた。僕たち司法書士もまた、そうした変化を繋ぐ静かな証人であり続けるのだ。