自己紹介すら虚しく感じる日がある
「はじめまして、司法書士の○○です」——このセリフを何回繰り返しただろうか。地方の交流会、士業向けの勉強会、地域イベント、どこでも名刺を差し出しては自己紹介をしてきた。でも、渡した瞬間の相手の反応が「ふーん」といった薄いリアクションだったり、そもそも目も合わせてもらえなかったりすると、心がぽつんと取り残される。努力をして関係性を作ろうとしても、無反応という壁にぶち当たると、名刺一枚で人との距離は縮まらない現実を痛感する。
名刺交換という儀式に込めた期待
名刺を渡すとき、ほんの少しだけ期待してしまう。相手の表情が変わったり、「司法書士さんですか?ちょうど相談したいことがあって…」なんて展開が起きるんじゃないか、と。でも、そんな奇跡はなかなか起きない。むしろ「へぇ」で終わることが多い。名刺交換というのは、どこかで営業のチャンスにつながるものだと思っていたけれど、現実は違った。まるで、プロ野球選手を夢見た少年が社会人野球の現実にぶち当たるような、そんな落差がある。
それでも最初の一歩として続けている理由
「意味がないならやめたら?」と友人には言われたことがある。でも、自分にとって名刺を渡すという行為は、存在を肯定してもらえるかもしれない唯一のチャンスでもある。何も始まらないことが多くても、その中の一回に何かが起きるかもしれない。だから今日も、スーツの内ポケットに名刺入れを忍ばせ、いつものように差し出す。昔、野球部で補欠だった頃も、打席に立てる日を信じてバットを磨いていた。あの感覚に似ている。
誰にでも当てはまらない肩書の重たさ
司法書士という肩書きが、必ずしも強みになるわけではない。相手にとって関係ない職種だと思われた瞬間、その名刺はただの紙切れになる。特に地方では、司法書士の業務が何かすら知られていない場合も多い。「何する人?」と聞かれて説明しても、「へぇー」で終わるときの切なさ。名刺に書かれた肩書きが、自分を表しているようで、何も伝わっていない。まるで試合に出られず、背番号だけを眺めていた高校時代のように、もどかしい。
リアクションがないときの心の動き
渡した瞬間、相手が一瞥してポケットにしまう。その無言の仕草に、心の中で「またか」とつぶやいてしまう。リアクションがないというのは、拒否よりも辛い。拒否ならまだ相手の意思が見えるが、無関心というのは「存在ごと空気扱いされた」ような気分になる。まるで、空振り三振した後にベンチへ戻るときの、チームメイトの目線が刺さらない無関心のように、やりきれなさだけが残る。
沈黙の10秒が突き刺さる
ある交流会で、笑顔で名刺を渡したのに、相手は「ああ…」とだけ言って、それっきり黙ってしまった。10秒ほどの沈黙が永遠のように感じられた。声をかけ直すのも気まずくなり、その場を離れたが、内心ずっと引きずった。名刺一枚に自分の存在を込めているからこそ、沈黙で返されると、こちらも言葉を失う。沈黙の重みは、時に言葉よりも重くのしかかる。
断られるよりしんどい無反応
「今はちょっと必要ないんです」とか、「知り合いに頼んでるので…」とハッキリ言われる方が、よほど楽だ。無反応は、なかったことにされる感覚に近い。まるで、打席に立ってバットを振った瞬間にボールが来ていなかったような空振り。何も返ってこないのは、手ごたえがなさすぎて不安になる。そんなときは、自分の存在意義すら問い始めてしまう。
名刺一枚で関係が始まると思っていた
名刺を差し出せば、そこから何かが始まる——そんな期待を持っていたのは、たぶん東京で働くような人たちの話だ。地方では名刺より、親戚関係や地元の付き合いが物を言う。「誰の紹介?」の一言で、どれだけ名刺が無力かを思い知らされる。肩書きや経験より、誰と繋がっているかがすべての世界では、名刺は単なる紙切れでしかないのだ。
若い頃に信じていた営業の幻想
士業を目指して勉強していた頃、「仕事は人と人との繋がり」と教えられ、名刺交換の重要性を叩き込まれた。でも、現実は違った。知識や誠意が伝わる前に、顔と話術で判断される。名刺の肩書きが「司法書士」でも、それだけでは届かない。真面目に努力してきた分、その現実に気づいたときのショックは大きい。期待していたのは、幻だったのかもしれない。
「誠実さが伝われば仕事は来る」の落とし穴
誠実ささえあれば、名刺を渡せば仕事につながる。そんな甘い考えを信じていた時期があった。確かに、信頼は大切だ。でも、誠実さが伝わるには時間がかかるし、そもそも最初の会話すら発展しないことが多い。誠実さだけでは勝てない世界がある。まるで、守備がうまくてもバッティングが弱ければベンチに下がるようなものだ。司法書士の世界も、そんな厳しさがある。
地方での名刺の使われ方は違う
都会のように名刺交換がビジネスのスタートにならないのが、地方の難しさだ。地元の人は初対面で警戒するし、「誰の紹介か」が重視される文化が根強い。だから、名刺をいくら渡しても、「ああ、そうなんですね」と受け取られて終わりになる。仕事につながるどころか、顔すら覚えてもらえないこともある。この地域独特の距離感が、名刺をさらに無力なものにしている。
関係性が先、名刺は後という現実
名刺を渡す前に、関係を築いておかなければならない。それが地方の常識だ。飲みの席で打ち解けてから、やっと「そういえば司法書士だったよね?」となるのが普通。逆に言えば、名刺は関係性の確認でしかない。そこを勘違いして名刺から入ろうとすると、ただの「営業っぽい人」で終わる。順番を間違えると、信頼どころか会話すら続かないのだ。