印紙代に想定外の衝撃を受けて震え出す午後
午後二時。
静かな事務所に、いつものようにファックスの受信音が響いた。紙の吐き出される音に混じって、うっすらとした不安が胸をよぎる。
「また急ぎの案件ですか?」
事務員のサトウさんが、紅茶を手にしながら言った。
「いや、ただの登記申請書の確認だろ。昨日の件だ。印紙代も大したことないはずだ」
そう呟いた俺は、FAX用紙を手に取り、何気なく目を通す。だが、次の瞬間、時が止まった。
――十万円。
「……桁、間違ってないよな?」
思わず独り言が漏れた。こんなこと、名探偵コ●ンの犯行予告より怖い。
「どうしたんですか?顔色がサザエさんの波平みたいになってますけど」
ニヤニヤしながらサトウさんが覗き込む。
「……印紙代が、想定の三倍……いや四倍だ……」
天井がぐるぐる回る。体が震えてきた。こんなの、事前に聞いてない。そもそも聞いてても震えるけど。
「やれやれ、、、もうちょっとで昼食代を出前に回そうと思ってたのに」
力なく椅子に座り込むと、サトウさんが冷静にPCを叩きながら言った。
「登記内容、確認してみましょうか。たぶん増資額の記載ミスじゃないですかね」
そう、ここが探偵事務所だったら「ふむ、これは明らかに不自然ですね。犯人はあなたです!」と決め台詞が飛び出す場面だろう。
だが現実は司法書士事務所。ヒラの現場で生きる俺たちにそんなカタルシスはない。
「……原因は?」
「前の決議書の内容が、資本金の額面とズレてる。顧問税理士さんの作成ミスかもしれませんね」
ああ、やっぱりか。そううなずいた俺の手には、すでに震えながらも、しっかり貼られた十万円の印紙がある。
「もう貼っちまったんだよなぁ……」
午後三時。
印紙の貼り直しはできない。だが、記憶にはしっかりと刻まれる。
「事件は現場で起きているんじゃない。FAXの紙の上で起きてるんだ」
と、自分に言い聞かせる。サトウさんは、鼻で笑った。
「なんです?また古いネタを……お茶でも入れましょうか」
ああ、やれやれ、、、。
探偵にも、怪盗にもなれない俺は、静かにその紅茶を待つのだった。