登記簿に消えた相続人

登記簿に消えた相続人

午前九時の来訪者

やって来た喪服の女

雨がぱらつく月曜日の朝、事務所の扉が音を立てて開いた。そこに立っていたのは全身黒ずくめの女性。喪服姿のその人は、一枚の紙を胸元で握りしめていた。

「登記についてご相談が」と静かな声で言うと、目を伏せたまま椅子に腰かけた。無表情だが、その奥には何かを訴えたい気持ちがにじんでいた。

サトウさんが黙って湯のみを差し出す。僕は名刺を渡しながら、依頼の内容を尋ねた。

一枚の登記事項証明書

彼女が取り出したのは、ある郊外の古い家屋の登記事項証明書だった。名義は「田島輝夫」。そして問題はその名義人が、三年前に死亡しているということだった。

「でも、先月、彼がこの家の登記変更を依頼したんです」

僕は一瞬目を疑った。死亡している人間が登記を? そんな馬鹿な、、、。

古びた登記簿の違和感

サトウさんの無表情な一言

「これ、なんか変です。筆跡が一致しません」

湯呑を下げたサトウさんが、淡々とした口調で言った。彼女の視線の先には、委任状の筆跡をスキャンした画面が映っている。

「この委任状、本当に田島さんが書いたものじゃない可能性ありますね」

過去の記録に潜む矛盾

古い紙の山から、当時の登記に使われた書類をいくつか引っ張り出した。確かに、過去の申請書類と筆跡が違う。

それに、死亡届が役所で正式に受理されている。つまり、名義人は確かに死亡していたはずなのだ。

「これは、誰かが死んだ人間を装って登記をしたってことか、、、?」

失踪した相続人

謄本から名前が消えた男

登記簿の履歴を追っていくと、妙なことに気づいた。かつて共有者だったはずの弟の名前が、ある時期から完全に消えていたのだ。

「相続放棄、ですかね?」と僕が言うと、サトウさんは首を振る。

「放棄なら記録が残ります。これは……何者かが削除した可能性が高いです」

三年前の委任状の謎

調査を進めると、三年前に交わされたという委任状の写しが法務局から提出された。そこには田島輝夫の名前、押印、そして本人確認書類の写し。

「でもこれ、マイナンバーカードじゃなくて運転免許証ですよ。しかも、免許の有効期限はすでに切れていた」

やれやれ、、、面倒な案件の匂いがしてきた。

役場からの一本の電話

亡きはずの男が登記申請を?

市役所から電話があった。「先月、田島輝夫という男性が住民票を請求した形跡があります」

「え?死んでるはずなのに?」

それが、田島の名を騙った何者かが、本人になりすまして公的証明を取ったという証拠だった。

印鑑証明書の発行履歴

さらに調べると、印鑑証明が複数回発行されている記録も見つかった。しかも、発行場所は田島の本籍地から遠く離れた支所。

「これは、全体を操作してる人物がいる可能性が高いですね」

サトウさんの眉間には少し皺が寄っていた。

空き家の中の秘密

古いタンスに残された鍵

田島家の空き家は既に物置と化していたが、タンスの引き出しに古い金庫の鍵が残っていた。

開けてみると、中には日記帳が一冊。「弟にだけは財産をやらない」と書かれた走り書きが見つかる。

「これは、、、私的遺言、、、?」

不自然な火災保険の証書

日記帳の下には、火災保険の証書があり、名義は田島のまま。保険料はつい一週間前まで誰かが支払っていた。

「保険の継続者が犯人じゃないですかね」と僕が言うと、サトウさんが頷いた。

推理は一気に収束へ向かっていった。

証拠は登記簿の裏側に

筆界未定地の境界線が語るもの

土地の一部が筆界未定になっていたことが、大きなヒントになった。そこには、かつて弟が家を建てる予定だった部分があったのだ。

その計画が頓挫したあと、兄の田島輝夫は激怒し、弟を相続から外すための計画を立てていた。

そしてその後、何者かが逆に兄の死後に名義を取り戻そうとした、、、。

登記官も知らなかった事実

今回の偽造登記は、外部の司法書士が絡んでいた。証拠は彼の登記オンライン申請履歴に残っていた。

「不正申請を見逃すとは、珍しいですね」と言うと、登記官が苦笑いする。

サトウさんはすでに通報の準備を始めていた。

サトウさんの推理

遺言ではなく遺志を読む

「兄の遺志は明確でした。弟に渡したくなかった。でも、それを叶えるには正式な遺言が必要だった」

「でもそれはなかった」

「ならば、兄の意志は叶わず、弟が法定相続人です」

地積測量図の落とし穴

唯一残っていた測量図に、手書きで「弟の土地」と書かれたメモがあった。それが、偽造者の動機となった。

「土地の欲望って、時に人を壊しますね、、、」

サトウさんがぽつりと呟いた。

真犯人の動機

相続よりも守りたかったもの

犯人は、田島の友人だった男。生前、田島から借金をしており、返済代わりに登記を依頼されたと言い張った。

「でもそれなら、正式に契約書が必要ですよ」

僕は冷たく言った。男は観念して、黙り込んだ。

親族間トラブルの末路

弟は最後まで、兄を許せなかった。そして友人は、その思いを利用して登記を偽造した。

結果、どちらも法を犯し、財産も失った。

「やっぱり、相続ってのは最後に人間が試される場所だな」

そして登記簿は閉じられた

司法書士の静かな勝利

法務局に不正申請の取消しが受理され、登記簿から偽の記載が削除された。

「やれやれ、、、今日も昼飯抜きか」

そうつぶやいて時計を見ると、もう午後一時を回っていた。

誰もが知らなかった名前の謎

結局、真の相続人は登記簿に記載されることはなかった。弟は放棄し、土地は国庫に帰属された。

人は簡単に名前を記し、そして消していく。だが、法は記憶する。

その証人として、僕は今日も書類に目を通している。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓