登記簿の中に眠る者

登記簿の中に眠る者

雨の日の売買契約依頼

梅雨の真っ只中、びしょ濡れのスーツ姿で不動産会社の社長が事務所に現れた。手には分厚い契約書と、既に署名押印された書類一式。 「売主本人が急ぎだって言ってましてね、すぐ登記移転をお願いしたいんですよ」と彼は言った。 そんな急な依頼に、胸の奥に小さな違和感が芽生えたが、俺は黙って書類に目を通した。

不動産会社の社長が持ち込んだ妙な案件

物件は古い木造住宅。相場より三割ほど安く、買主はすでに手付金を振り込んでいるという。 売主の欄には「立花義彦」という名前。だが、印影がどこか頼りない。 印鑑証明は確かに添付されていたが、それが本当に本人の意思によるものかは別問題だ。

なぜか先に契約書が完成していた件

通常なら、契約当日に署名押印を交わすものだ。それが、すでにすべて完了済み。 「本人が忙しいから」と社長は言うが、司法書士としてはどうにも納得がいかない。 それでも、依頼者の希望は強く、ひとまずは手続きの準備だけしておくことにした。

契約当日に現れなかった売主

契約当日。俺と買主、不動産会社の三者が揃ったが、肝心の売主が姿を見せなかった。 「急な発熱で寝込んでるらしいんですよ」社長はそう言って電話をかけ続けていたが、何度かかけた後に「繋がらないですね」と言った。 買主の顔が引きつり、俺もまた緊張が走った。

電話は繋がるが本人が出ない

コールは鳴るが誰も出ない。その電話番号、名義も確認したが立花本人ではなかった。 俺はサトウさんに調査を頼んだ。「ちょっと時間ください」と塩対応だが頼もしい。 数時間後、彼女はにやりと笑って「ストビューに妙なもの写ってました」と言った。

売買契約は延期へ

買主に事情を説明し、契約は一旦延期に。 不動産会社は「困りますよ」と抗議してきたが、こちらとしては命が関わっている可能性もある以上、進めるわけにはいかない。 そのとき、サトウさんが印刷してきたストリートビュー画像を机に広げた。

サトウさんの地図とGoogleストリートビュー捜査

彼女が指差したのは庭の片隅。ブルーシートが二重に被せられ、まるで「隠してる」と言わんばかりの不自然さ。 しかも、最新の画像ではそこがごっそり更地になっていた。 これは偶然ではない、そう確信した俺たちは現地に向かうことにした。

表札の名前と登記名義の違和感

現地では「山下」と書かれた表札。だが登記名義は「立花義彦」のままだ。 近所に話を聞くと「最近見ないねえ…半年くらい前までは庭にいたけど」とのこと。 やれやれ、、、これはもう警察の出番だ。

庭の一角に映った違和感

例のブルーシートの下を覗いてみると、土が新しく掘り返されたような跡が残っていた。 まるで誰かを埋めたかのように不自然に盛り上がっている。 警察を呼び、掘削が始まった。

現地調査での異臭とブルーシート

数分とたたずに、嗅ぎ慣れぬ異臭が立ち込めてきた。 遺体が見つかるのは時間の問題だった。 司法書士としての俺の出番はここまでだが、真相は知っておくべきだ。

鍵のかかった物置の存在

その横には頑丈な南京錠のかかった物置。 警察がこじ開けると、中には売主の私物がそのままの形で残されていた。 明らかに“立花義彦”はこの家に住んでいたのだ。

警察の立ち入りと遺体発見

ブルーシートの下から出てきたのは、白骨化し始めた遺体。 司法解剖の結果、それがまぎれもなく立花義彦本人であると判明した。 売買契約に署名した“立花”は誰だったのか?

遺体と登記の名義人が一致

身元が確認されると同時に、登記情報が生々しいリアリティを帯びてきた。 売主が死んでいたのに、どうやって契約書に押印されたのか。 不動産会社社長の証言に疑惑が集中する。

死亡推定日は数ヶ月前

死亡推定日は四ヶ月前。契約書の日付よりも前だ。 つまり、契約書に署名した“誰か”は他人だ。 詐欺、いやもっと悪質な犯罪の匂いがする。

売主の筆跡と押印の謎

契約書に使われた印影は確かに本物だった。だが筆跡が以前の書類と一致しない。 俺の保存していた過去の登記資料が、違いを決定づけた。 「これは…誰かが本人になりすましてる」そう断言できた。

売買契約書に潜む偽造の痕跡

印鑑証明も、日付の取得履歴から偽造の疑いが濃厚になった。 特に怪しいのは「受任者」の欄。立花本人の署名のように見えるが明らかに筆跡が不自然。 俺とサトウさんはついに“仮名取引”の実態に迫った。

認印と実印のズレ

契約書の中には認印も押されていたが、これが明らかに市販のゴム印だった。 普通、実印との組み合わせでこんなことはしない。 不動産会社のずさんさ、いや悪意を感じた。

司法書士の視点で見る印影の矛盾

拡大して確認すると、実印の押し方が浅く、印鑑マットを使っていない素人仕事。 立花は几帳面な性格と聞いていた。そんなずさんな押印はしない。 これで社長の言い分は完全に崩れた。

不動産会社社長の証言

取り調べでは「本人から頼まれただけ」と主張していた社長。 だが、メール履歴には“成りすまし用”とされるテンプレートのような文面が多数見つかった。 本人確認を省略させようとした証拠だ。

「本人から依頼された」と主張

「死人に口なしとは言うけどな」と呟いた社長に、警部補が睨みをきかせた。 この男、何件も同じような契約をしてきた過去がある。 それでも、今回の件は完全に詰んだ。

実際の売主と連絡が取れたときの不自然なメール

「どうか契約を進めてください」という内容のメール。 文面の最後には立花のフルネーム。しかしその文体は若すぎる。 サトウさんが「これAIで書いたんじゃないですか」と言った時、場が凍った。

サトウさんの調査で判明した仮名取引の実態

調べてみると、社長は過去にも死亡した高齢者名義で契約書を作成し、転売していた。 今回も“本物の印鑑と印鑑証明”を手に入れ、巧妙に偽装していたのだ。 「まるでルパンの変装みたいですね」とサトウさんが呟いた。

売主に成りすました元社員の存在

そのうちの一人が、数年前まで社長の部下だったことが判明。 彼が立花になりすまして契約書に署名していた。 「顔までは変えられないけど、紙の上なら誰でもなれるんです」社長の言葉が不気味だった。

過去にも似たような契約履歴が

登記簿を洗い直すと、過去の契約のいくつかも死亡日と契約日が矛盾していた。 やれやれ、、、司法書士というより、探偵のような仕事になってきた。 だが、この仕事は誰かがやらなきゃならない。

シンドウの一喝と真相解明

「死人はしゃべらん。だが、書類は真実を語る」 俺が社長にそう言ったとき、買主が安堵のため息を漏らした。 司法書士としての最後の一言、それが俺の矜持だ。

「契約書の前に死人はしゃべらん」

その一言に、社長は一瞬顔を強張らせた。 契約書の重みは、紙一枚の問題ではない。 そこには人の命と財産がかかっているのだ。

やれやれ、、、契約の裏に死体があるとはな

俺の一言に、サトウさんが珍しく小さく笑った。 「サザエさんの不動産特集とかやったらこういうのありそうですよね」 俺はただ、煙草を一本くわえて、空を見上げた。

警察と司法書士の連携で事件は幕を閉じる

事件は無事、警察によって処理された。社長は詐欺と死体遺棄で逮捕。 俺の登記申請は“中止”として閉じられた。 それでいい。正しい名義人は、もう静かに眠っている。

社長は詐欺と死体遺棄で逮捕

ニュースでは「司法書士の通報が事件解決の決め手に」と報じられていた。 そんなことよりも、俺は書類の山と格闘する日々に戻る。 やれやれ、、、次は失踪人調査か。

登記簿の名義は静かに修正された

数ヶ月後、立花義彦の名義は「相続未登記」として処理された。 その土地には今、雑草が伸び放題になっている。 だが、紙の上では静かに、すべてが正しい位置に戻った。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓