登記簿に消えた名前
司法書士をやっていると、ときどき「それって俺の仕事なんだっけ?」と思う瞬間がある。
今朝もそうだった。
役所からの電話一本で、僕の眠気は完全に吹き飛ばされた。
朝のコーヒーと不穏な電話
役所からの一本の連絡
「登記簿の所有者と、実際に住んでる人が違うんです」と言われたのが始まりだった。
その物件は10年以上前に相続登記されたはずの土地。
「また、ややこしい話か…」と僕は耳をかきながらメモをとった。
サトウさんの無言の視線
電話を切ると、机の向こうからサトウさんの視線が刺さっていた。
「また厄介ごとですか?」という無言のメッセージ。
僕は苦笑しながらうなずくと、彼女はため息をついてPCを開いた。
不動産名義の落とし穴
登記簿に記載されていない所有者
現地に住んでいたのは、登記簿に名前のない“次男”だった。
「父の土地を相続したのは兄ですが、私が世話してたんです」と言う彼の言葉は、どこか不自然だった。
そして、登記簿を確認して僕は眉をひそめた。何かが、足りない。
固定資産税の通知に違和感
役所の固定資産税台帳では、すでに次男が納税していることになっていた。
しかし、法務局にはその名は存在しない。
これだけで一杯飲める謎だ。
聞き取り調査の罠
昔の名義変更と怪しい証言
「兄は遠方に住んでいて、登記のことは任されていたんです」
次男の証言はまるで自分の正当性を上塗りするようだった。
しかし、彼の口から“遺言書”という単語が出た瞬間、サトウさんの目が鋭くなった。
それは父が生前に言ってました
「口頭の遺言は証明になりません」
僕がそう言うと、次男は笑ってごまかした。
何かを隠している、いや、誤魔化しているような空気が漂っていた。
公図と現地のズレ
地番と地名のすれ違い
公図を確認すると、隣接地との境界が微妙にズレていた。
このわずかな違いが、実は大きな伏線になることを、僕はまだ知らなかった。
「地番と住所、やっぱり一致してないですね」とサトウさん。
境界杭は動いていたのか
現地に足を運ぶと、一本の杭がなぜか歪んでいた。
踏みつけられたか、意図的に動かされたか…。
「やれやれ、、、また泥に足を突っ込むことになるとは」
地元の測量士の不審な沈黙
旧友が残した地積測量図の意味
地元の測量士・ヒグチは、かつて野球部でバッテリーを組んだ男だ。
彼が測ったという過去の測量図には、奇妙な直線が一本引かれていた。
「これは…本来の境界線と違うぞ」と僕はつぶやいた。
この線ずれてるな
「ちょっとサービスでズラしてやったんだ」とヒグチは笑った。
それが“善意”か“共犯”か、僕は確かめなければならなかった。
この線が、真実を引き裂くナイフになるかもしれない。
サトウさんの冷静な推理
この登記誰かが操作してますね
「次男さん、実は相続人じゃない可能性ありますよ」
サトウさんが示したのは、古い除籍謄本。
そこに一人、戸籍から消えた名前があった。
過去の相続登記との矛盾
「この登記、なぜ父の名義のまま申請されてるんです?」
不思議に思っていたが、答えは単純だった。
相続登記そのものが、虚偽だったのだ。
遺言書の写しと実家のアルバム
亡き父が残したメモの中身
押入れの中にあった手帳に、こんな一文があった。
「土地は長男に。理由は言わずともわかる」
まるでサザエさんの波平のような、時代錯誤な判断だが、父の意志は明確だった。
封筒の中にあった別の名義人
古い封筒から出てきたのは、長男の印鑑証明と遺言書のコピー。
それは決定的な証拠となり、全てを元に戻す鍵となった。
「やっと、ピースが揃ったな」と僕はつぶやいた。
真犯人との対峙
俺の土地だその一言の嘘
次男は強く主張した。「俺が管理してたんだから、当然だろ!」
だが、それは“事実”ではあっても、“権利”ではなかった。
法は情では動かない。僕は静かに答えた。「法的には違います」
権利書が示す決定的証拠
登記識別情報と印鑑証明、それに遺言書。
三点がそろえば、どんな詭弁も通用しない。
「登記を訂正するしかないですね」とサトウさんが冷たく言った。
登記の訂正と静かな結末
訂正登記の申請書に込めた思い
僕は静かに訂正登記の申請書を仕上げた。
そこには10年以上の嘘と沈黙の重みがあった。
だが、それでも書類は淡々と受け付けられた。
そして今日も事務所に戻る
「次は交通事故の後見登記ですよ」
サトウさんが差し出したファイルを見て、僕は目を細める。
「やれやれ、、、司法書士に休息はないらしい」