表題部の影に眠る罪

表題部の影に眠る罪

開けられた登記簿の謎

依頼人が差し出した不自然な権利証

梅雨が明けきらないある日、初老の男性が事務所にやってきた。細身のスーツにしわ一つなく、身なりは整っているが、どこか落ち着かない手つきで登記簿謄本のコピーを差し出してきた。
「土地の名義変更をお願いしたいのですが」と、彼はそう言った。だが、その書類には一つ、妙な点があった。

不一致に気づいたサトウの一言

「この土地、もともと名義人は“タナカマサル”じゃなかったですか?」
サトウさんが無造作にファイルをめくりながら言った。私は驚いた。たしかに彼女の記憶が正しければ、以前の所有者名は別人だったはずだ。
私はコピーされた謄本と、保管していたバックアップファイルを見比べ始めた。

所有者欄に潜む違和感

記載されていた名前の奇妙な癖字

新たに記載された所有者名には、独特な字体があった。特に「高」の字の縦線が異様に長い。
「これ、司法書士の癖じゃないですよ」とサトウさん。
私は、ふと高校野球部時代のキャプテンの“高田”を思い出した。彼のノートもこんな癖字だった。「やれやれ、、、変なとこで記憶力が役に立つな」と独りごちた。

表題部と権利部の微妙な食い違い

さらに詳しく見ると、表題部の地目や地積は数年前のものだったが、権利部の更新履歴には最新の内容が反映されていた。
通常なら一貫性があるはずだが、今回の表題部はなぜか古い記録が残っていた。意図的な更新漏れか、それとも別の理由があるのか。

消えた元所有者の行方

電話も手紙も届かない

元の所有者に連絡を取ろうとしたが、電話は不通、郵便物も返送されてきた。
「所在不明で処理されたかも」と私は呟いたが、サトウさんは首を横に振った。「そんな早く消えるわけありません、普通は」
疑念は膨らんでいくばかりだった。

近所の証言と妙な沈黙

元所有者の家の近隣を訪ね歩くと、「もうずいぶん前に引っ越した」とだけ答える者ばかり。
「まるでルパンが煙玉使って消えたみたいですね」と私が言うと、サトウさんが鼻で笑った。「それはあなたの妄想です」
サザエさん一家が引っ越すくらい不自然な話だった。

市役所の資料室での発見

旧謄本にだけ記された別の氏名

資料室で過去の登記簿を漁っていたサトウさんが、ある謄本の写しを見つけてきた。
そこには、依頼人が提示した登記簿には載っていない“タナカマサル”の名前が明記されていた。
しかもその筆跡は、まるで別人が書いたような、粗雑なものだった。

やれやれ、、、地味な作業の果てに

判読困難な縮小コピーにルーペを当て、1行ずつ確認する作業は、地味で肩が凝る。
「やれやれ、、、探偵ってのは派手な事件より、こういう地味な事務仕事が本質かもしれないな」
サトウさんは無言で差し出してきた書類に“訂正の痕跡”を発見していた。

登記官が抱えていた秘密

旧知の間柄に起きた忖度

登記所の職員に話を聞きに行った。話を濁す様子だったが、ある一言が気になった。
「タナカさんとは長い付き合いでね…」
明らかに、何かを見逃したのではなく、見逃した“ふり”をしていたのだ。

職権で訂正された“何か”

件の登記官が担当した他の案件にも、同様の“表題部だけ古い”という特徴があった。
私たちはそれを一覧にし、パターンを浮き彫りにした。
そこに浮かび上がるのは、登記官と特定の不動産業者の癒着の影だった。

サトウの仮説と検証

印鑑証明の交付履歴を洗う

市役所の印鑑登録台帳から、タナカマサル名義の証明書が、依頼人の来訪前後に何枚か発行されていた。
だがその申請者の筆跡と、依頼人の署名が一致しない。
これは、偽造ではなく“誰かがタナカを演じている”という証左だった。

意外な場所で見つかった一致

県外の小さな郵便局に残っていた転送届の筆跡と、表題部の記載筆跡が一致した。
「これ、完全にアウトですね」とサトウさんが冷静に言う。
まるで犯人が「ここまでたどり着けるものなら、やってみろ」と挑発していたようだ。

表題部の一行がすべてを変えた

ほんの数文字の嘘の重さ

「表題部の書き換えなら、目立たないと思ったんでしょうね」
だが登記の正確性は、ほんの一行の間違いが法的効力に直結する。
数文字の嘘が、不正取得の裏付けになった。

意図的な虚偽記載の証明

証拠を揃え、我々は管轄法務局へ報告書を提出した。
虚偽記載と登記官の職権乱用、それがすべての鍵となった。
表題部は“ただの情報”ではない、“信頼の根幹”なのだ。

静かに始まる調査と告発

司法書士としての責務

依頼人は黙って事務所を去り、その後連絡は取れなかった。
しかし、今回の一件で私は再認識した。
司法書士の仕事とは、目に見えない不正を正すことでもあるのだ。

依頼人との最後の対峙

後日、依頼人は別件で逮捕されたという噂を耳にした。
私の報告が直接の引き金になったわけではないが、何かが繋がったのは間違いない。
「やれやれ、、、登記簿ってのは、思ったより人間臭いな」

解決とその余波

登記は正されたが

事件後、件の土地は元の状態に戻された。
しかし、その地に関わる人々の間には、妙な緊張感が残った。
嘘は、記録より先に“空気”に刻まれるのかもしれない。

町に残されたひとつの影

静かな町の一角、そこだけが今もよそよそしい。
登記簿の記載は戻ったが、人々の記憶は戻らない。
「書かれた嘘」と「黙っていた本音」が交錯する町に、私はそっと背を向けた。

終わりにシンドウが思うこと

紙の中の真実と嘘

登記は紙に書かれた事実だけを語る。しかし、それを信じる人々の生活がそこに乗る。
だからこそ、そこに嘘があってはいけない。
司法書士とは、紙の向こうの真実を守る職業だ。

明日もまた誰かが嘘を書く

だが、それでも人はまた嘘を書く。名前を変え、事実を消し、都合のいいように紙を染める。
それを止めるために、私は明日もまた、机に向かう。
「やれやれ、、、地味だけど、これが俺の仕事だな」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓