事件は休日に起きた
静かな朝の違和感
日曜日の朝。久しぶりに目覚ましをかけずに眠った。カーテンの隙間から差し込む光に目を細めながら、ぼくはようやく布団から這い出た。朝食もコンビニの菓子パンで済ませ、テレビをぼんやり眺めていたそのときだった。
スマホが唸るように震えた。表示されたのは、めったに連絡をよこさない登記依頼人の名前。日曜の朝っぱらから一体なんだっていうんだ。やれやれ、、、。
サトウさんの一言
事務所に顔を出すと、なぜかサトウさんがすでに出勤していた。机に肘をつきながら淡々と、こう言った。「先生、今朝、別荘で人が死んだそうです。依頼人の土地ですって」。ぼくは一瞬、頭が追いつかなかった。
休日に司法書士を呼ぶ理由が「登記」ではないとしたら、そう、「殺人」しかない。まるで『名探偵コナン』の毛利小五郎になった気分だ。
依頼者は突然に
血の気の引いた男
現場は山間の別荘。現地で依頼人の黒川が待っていた。顔は蒼白で、言葉を選びながら説明を始めた。「わたしが着いたときにはもう、、、動かなかったんです」。倒れていたのは黒川の兄、拓海。別荘の所有者だった。
しかし黒川が手にしていたのは、なぜか登記識別情報通知書。司法書士として無視できない紙だ。「これ、兄が今朝9時に受け取ったんです」と黒川は言うが、法務局は日曜は閉まっているはずだ。
残された登記識別情報
サトウさんが書類を見て、眉をひそめた。「これ、電子申請のはずですよ。なぜ紙が?」。確かに、最近は電子交付が一般的で、紙の交付には本人確認の厳格なプロセスが必要だ。さらに奇妙なことに、そこには明朝9時のタイムスタンプが押されていた。
つまり、まだ訪れていない未来の時刻。これは誰かが時間を偽っている証拠かもしれなかった。
現場は山奥の別荘
司法書士が踏み込む理由
「登記の不備かもしれませんから」と言って、ぼくは警察よりも先に現場の中へ。旧式の暖炉、使われたばかりのワイングラス、そして……紙の登記識別情報通知書がもう一通、暖炉の横に落ちていた。
どうやら誰かが、書類を2通用意していた可能性が高い。つまり、登記識別情報そのものがトリックの一部というわけだ。
鍵のかかった扉とぬかるみ
部屋の外に出て、靴の泥を見た。乾いているはずの土が濡れていたのは、昨夜の深夜に何者かが訪れた証拠だ。鍵は内側から閉まっていたが、勝手口は開いていた。
「密室トリックにしては雑ですね」とサトウさんが吐き捨てた。うーん、推理漫画ならあと3話はかかりそうだが、現実はもっと不条理だ。
登記簿と時間の矛盾
9時のはずのサイン
被害者の拓海が「今朝9時に署名した」とされる書類には、どう見ても前日の日付が記されていた。黒川の言い分と矛盾している。サインの筆跡もわずかに違っていた。
これは……もしかして、生前に兄が書いたものを、あとから黒川が加工したのでは?
タイムスタンプに潜む嘘
紙に印刷された「タイムスタンプ」は、実際のデジタル証明ではなかった。単なるプリントアウトだったのだ。つまり、提出された「証拠」はいくらでも偽造可能だったということになる。
つまり、黒川は「日曜の朝に兄が生きていたように見せかける」ため、登記書類を偽造したのだ。
サトウさんの反論
「それ、論理が逆です」
「先生、兄が死んだのはもっと前です。じゃなきゃこんなふうに登記をいじる必要ないでしょ?」サトウさんはあっさりと言ってのけた。「犯人が兄を殺したのは金曜。土曜に登記を偽造して、日曜に発見されたように見せかけた」
完全に論破された。ぼくが考えていた時間軸がすっかりズレていたのだ。やれやれ、、、サトウさんが探偵で、ぼくはワトソンどころか三河屋さんかもしれない。
証明された犯行時刻
司法書士が示した盲点
「登記の電子申請ログを確認しました」とぼくが口にすると、黒川の顔色が変わった。「提出されたのは土曜の午後3時、兄が死んでいた時間と一致しています」
最後の一手は、司法書士としての専門知識だった。電子登記の記録は消せない。そこに真実が記録されていたのだ。
法務局の休業日が鍵だった
日曜日に法務局が休みであることが、逆に犯行を際立たせた。あり得ない提出時刻、あり得ない登記識別情報。すべては「休み」を利用した偽装工作だった。
「休日は狙われやすい」と、ぼくはボソッと呟いた。誰も見ていないからこそ、嘘は通る。しかし今回は、その嘘に司法書士が気づいた。
犯人の動機
相続と欲望の絡み
黒川は兄の持っていた別荘と土地を、どうしても自分名義にしたかった。そのためには「自然な死」と「正当な名義変更」が必要だったのだ。
「でも、登記は感情では動かないんですよ」とぼくは言った。法と証拠だけが、この世界を動かす。たとえ家族の話でも。
登記の裏に眠る家族の闇
長年の確執、遺産への執着、そして誰にも相談できなかった孤独。兄弟の間にあったのは、もはや血のつながりではなかった。
書類の裏に、そんなドラマが潜んでいたのかと思うと、改めて登記の重みを感じる。人の業は、筆より重い。
終わらない休日
誰もいない事務所で
事件が終わり、警察が引き上げた。ぼくは事務所に戻り、誰もいない机に向かって一息ついた。コーヒーは冷めていたが、心は少しだけ温まっていた。
明日からまた通常業務だ。休みの日にこんな事件があるなんて、つくづく司法書士は職業柄、逃れられない運命なのだろう。
次の依頼のベルが鳴った
そのとき、電話が鳴った。「あの、土地の名義変更について相談が……」。やれやれ、、、休日がまたしても、終わらない。
でもまあ、こういう日常の中に、物語は眠っているのかもしれない。ぼくは再び背筋を伸ばし、受話器を取った。