不意に届いた戸籍謄本の請求書
差出人は見知らぬ住所と名前
ある朝、事務所に届いた一通の郵便。それは戸籍謄本の取得請求だった。請求者の名前は「タナカアキラ」。聞き覚えのない名前だ。しかも、請求対象の本籍地は、俺の父親がかつて住んでいた地域だった。
シンドウのうっかり受理が運命を動かす
深く考えず、いつもの癖で受付印を押してしまった。「あ、しまった」と思った頃にはもう遅い。サトウさんの冷たい視線が飛んでくる。「確認しないで押しましたよね」やれやれ、、、また始まった。
サトウさんの冷たい視線と一言
「これ本当に処理していいんですか」
「請求者の利害関係人性がよく分かりません」とサトウさんが言う。申請書を見ると、続柄は“弟”となっていた。つまり、この“タナカアキラ”なる人物は俺の兄ということか?
戸籍謄本の不自然な構成に疑念
原戸籍を取り寄せて確認すると、確かに父の名が載っている。そして、その下に見慣れぬ長男の名前。“アキラ”だった。母の名前は、俺の母ではない。サザエさんに例えるなら、波平さんの隠し子がいきなり登場したような感覚だ。
亡き父の名が記載された別の家族欄
「俺に兄なんかいたか?」
俺は一人っ子として育った。両親から兄がいたなんて話は聞いたことがない。だが、公式な戸籍がすべてを物語っている。事務所の空気が一気に重くなった。
古びた本籍地に記された新事実
父が若かりし頃に住んでいた地域に、何か秘密があるのかもしれない。とりあえず、車を走らせてその町へ向かった。何もなければそれでいい。だが、心のどこかで何かを確信していた。
調査のため向かった田舎町
誰もが知っていたその男の名前
本籍地の町役場で、タナカアキラについて尋ねると、受付の女性が「タナカさんなら皆知ってますよ」とあっさり答えた。どうやら、地元では名の通った存在らしい。
シンドウの父と過去に何があったのか
近所の古本屋の老人がぽつりと語った。「ああ、アキラ君はあの人の息子さんだよ。認知されなかったけど、まあ誰もが知ってた話さ」その“あの人”とは、俺の父だった。
地元の古い司法書士との再会
封印された過去と兄の存在
偶然入った喫茶店で、俺が司法書士だと話すと、店主が「ちょっと」と奥から一人の老人を呼び出した。「君の父さんと一緒に仕事してたんだよ」と彼は語り始めた。
認知されぬ子としての兄の足跡
タナカアキラは、俺の父の若いころの交際相手の子だった。家庭の事情で認知されないまま育ち、しかし父とは裏でつながっていたという。俺は知らなかった。いや、知らされなかったのだ。
サトウさんの鋭い着眼点
「この記載 年号が一つズレてますよ」
事務所に戻り、サトウさんに報告すると、彼女は戸籍を見ながら眉をひそめた。「この一行、記載されている婚姻年月日が変です」父が結婚した年と微妙にズレていたのだ。
書類改ざんの痕跡と裏の意図
つまり、父は婚姻届けを出す際に、時期をズラしてアキラの存在を“消した”可能性があった。法的には問題ないが、倫理的にはどうだろう。戸籍とは、時に真実を語り、時に沈黙する。
真実を知る母親の手紙
「あなたには伝えておくべきことがあります」
物置を整理していたら、古い手紙が見つかった。差出人は母だった。亡くなる前に書いたのだろう。「あなたには伝えておくべきことがあります」とだけ書かれた封筒の中には、一枚の写真と一言。
遺された写真ともう一つの家族の記憶
写真には、見知らぬ少年と若い父。そして母の若かりし日の姿。笑っていた。その裏には「アキラとヒデトの誕生日会」とあった。俺の名前はヒデト。知らぬ間に、祝っていたのか。
戸籍の記載ミスか意図的な隠蔽か
記録の空白が語る不在の証明
俺たち司法書士は記録の正確性を信じる職業だ。しかし、そこに書かれていない事実があるとしたら?記録の空白は、存在の否定ではなく、記憶の断絶だ。
家族にされたくなかった兄の願い
アキラは俺に会おうとはしなかった。あくまで戸籍を確認したかっただけだ。彼にとって「兄弟になる」ことは、過去を掘り返すことだったのかもしれない。
兄が残した司法書士への依頼書
「相続は不要 ただ真実だけを残したい」
その後、アキラから封書が届いた。中には公正証書と一通の依頼書。「自分には何もいらない。ただ戸籍に記されたことが、事実だったと証明されたかった」それが彼の願いだった。
その一筆が示す兄の覚悟
遺産も財産も不要。ただ静かに、事実を刻んでおきたかった。俺は、その依頼を受けるしかなかった。司法書士として、人として。
やれやれ 俺が知ったところで何が変わるか
それでも届けた一通の手紙
アキラ宛に短い手紙を書いた。「あんたの弟は、今、まぁ元気でやってるよ」やれやれ、、、こんな時に限ってペンが進むのが不思議だ。
過去と向き合い 名をつなぐ者として
記録に記された名前は、法的な証明でしかない。だが、その名の意味を持たせるのは、生きている俺たちだ。名をつなぐというのは、そういうことだと思う。
静かに閉じる謄本の最後のページ
サトウさんの一言が今日も冷たい
「なんか、いい話っぽくなってますけど、書類は山積みですよ?」とサトウさん。冷たいが、ありがたい。俺を現実に戻してくれる存在だ。
だけど まあ こういうのも悪くない
今日はちょっとだけ、戸籍という紙の意味を考えた一日だった。家族ってのは難しい。でも、まあ、こういうのも悪くない。さて、次の登記はどこの土地だったかね。