消えた血族の行方
忙しい午前中と突然の来訪者
書類の山を前にため息をついていた時だった。ドアがガチャリと開き、背広姿の中年男性が足早に入ってきた。
「相続のことで相談したいんですが……戸籍が、ちょっとややこしくて」と言うその男の表情には、どこか焦りと迷いが混じっていた。
それが、すべての始まりだった。
古びた戸籍謄本に書かれた不可解な名前
持ち込まれた謄本を眺めて、僕は眉をひそめた。
明治時代から続く家系図の中に、途中だけ異様に新しい記載が混じっている。
「ここ、昭和六十二年に“カズヨ”という人物が養女になってますが、以後の記録がぷつりと切れてますね」
依頼人の語らぬ過去
「カズヨは…私の叔母にあたる人でして。でも行方不明になってましてね」
依頼人は目を逸らしたまま言葉を濁した。
僕はその態度にひっかかりを覚えたが、それを深掘りするにはまだ材料が足りなかった。
やれやれ、、、また妙な案件だ
僕は椅子にもたれかかって天井を見上げた。
やれやれ、、、今週だけで何件目だ、こんな“ややこしい相続話”は。
サトウさんがそっとコーヒーを置いていく。黙っていても彼女の目が「動け」と言っている気がする。
サトウさんの調査が導く一つの可能性
「このカズヨさん、養女に入った年の近辺に、失踪届が出てる別姓の女性がいます」
サトウさんがそう告げながら、PCの画面を僕に見せた。
「これ、もしかしたら偽名で家に入った…とかあるかもしれませんよ」
消された除籍の記録
役所の窓口で僕が聞き出したのは、除籍簿の一部が申請によって謄写不能とされた事実だった。
「本人か、または正当な利害関係者の申請がないと閲覧できません」と職員は無機質に言う。
そこには何か、都合の悪いことが書かれているに違いない。
行方不明者は本当に失踪したのか
実は“カズヨ”が失踪したとされる当時、近隣の病院に身元不明のまま亡くなった女性がいたことがわかった。
「当時のカルテに『KAZ』という文字が残ってたんですって。名前の一部か、ただの記号か…」
僕は背筋が寒くなるような感覚を覚えた。これは偶然じゃない。
元野球部のカンが告げた違和感
相続登記の下書きをしている最中、僕の手が止まった。
「あれ…?地番がひとつズレてる」
長年の実務と、元野球部の「ここ一番の感覚」が告げていた。これは何かを隠すための“ミスを装った罠”だ。
対立する兄妹の証言
「兄はカズヨ叔母さんを嫌ってたんです。養子縁組も仕方なく承諾したようなものですから」
妹の発言に、依頼人である兄の表情が強張った。
兄は反論せず、ただ黙っていた。静かな対立が空気に滲んでいた。
家庭裁判所での尋問記録
養子縁組がなされたとされる時期、本人の意思確認がなされていなかった可能性が浮上した。
家庭裁判所の調書を取り寄せると、そこには「本人欠席、後日確認予定」の文字が。
だが確認は“未了”となっていた。これは無効の可能性がある。
相続人ではない相続人
養女とされていたカズヨは、実際には手続き未了のまま名ばかりの存在となっていた。
だが、それを知っていた者が意図的に“存在させた”のだ。
彼女を相続人として登記し、あたかもその遺産を預かるふりをして自らの口座に送金していた。
法律と感情の狭間で
「でも……叔母の面倒を見てたのは私なんです」
兄の声は小さかった。
人は時に、正しさと優しさのどちらを選ぶべきか、迷う。
サトウさんの冷静な一言
「司法書士は、感情で登記しちゃいけませんから」
サトウさんの冷たい声に、僕は心の中で小さく頷いた。
それが僕たちの役目なのだ。
遺産をめぐる最後の選択
兄は、偽装を認めた上で遺産の一部を妹に譲る旨を記した書面にサインした。
それを公正証書にし、後日登記手続きは無事完了となった。
誰もが得をしたわけじゃないが、誰かが損をしたままでもなかった。
登記簿に刻まれた決着
新しい登記簿の所有者欄には、妹の名前が追記されていた。
僕は静かに確認印を押した。あの謄本の異物は、ようやく過去のものとなった。
そして、カズヨという幻影もまた。
そしてまた、日常へと戻る
「シンドウさん、次の面談、13時からです」
時計を見ると、昼メシをかきこむ時間もなさそうだった。
やれやれ、、、この街では、まだまだ物語は終わらない。