帰り道に見た嘘

帰り道に見た嘘

結婚相談所と司法書士

書類に込められた希望

結婚相談所の入会契約書は、民法の枠組みにもかすりもしないただの紙切れだ。
でも、その紙には人生をかける人たちがいる。
今日、俺の事務所にやってきた依頼人も、そんな一人だった。

サトウさんの冷ややかな視線

「今度の依頼人、また婚活関係ですね」
サトウさんはいつものように淡々と、そして塩気強めに言った。
「夢を見るのは自由だろ」と俺が返すと、彼女はほんの少しだけ眉をひそめた。

その夜 帰り道で

信号待ちの女の涙

その夜、書類を届けに出た帰り、俺は偶然、見覚えのある女性とすれ違った。
相談所で俺とすれ違ったあの女性だった。信号待ちの暗がりで、彼女は泣いていた。
理由はわからない。でも、何か胸にひっかかるものがあった。

偶然のようなすれ違い

通り過ぎざまに彼女のバッグから、見慣れた用紙の端が見えた。
婚姻届だ。それも未提出のままの原本。
やれやれ、、、俺の出番じゃないことを祈りたかった。

不動産登記と名前の謎

提出された謄本の違和感

依頼人の提出した登記簿謄本を見て、俺は違和感を覚えた。
住所も所有者も間違いない。だが、婚姻者の記載がないのだ。
そのはずはない。だって彼は、”既婚者”という前提で相談所に登録していた。

前の婚姻記録が示すもの

さらに調べると、旧姓での過去の所有物件が浮かび上がってきた。
しかもその住所が、さっき泣いていた女性と一致していた。
彼女は元妻だったのか? それともまだ離婚していないのか?

サトウさんの追跡調査

過去の結婚相談所登録記録

「相談所の記録、私の知り合いに当たっておきました」
サトウさんはそう言って、1枚のコピーを差し出した。
そこには2つの名前、そして1つの婚姻届の写しがあった。

もう一つの名義

男の名義で契約された住宅ローンの隣に、女性の旧姓の連帯保証人の名前。
つまり彼らは婚姻を偽装したまま、不動産を処分しようとしていた。
離婚していないまま別々に婚活をしていた――二重生活の構図が浮かんだ。

そして無言のメッセージ

その女性から、事務所に小さな封筒が届いた。
中には婚姻届の写しと、「すべて破棄してください」という走り書き。
それは、嘘にケリをつけるための彼女なりのけじめだったのかもしれない。

嘘と契約と私の役目

指輪の代わりに渡された書類

結局、不動産の登記は彼一人の名義でなされ、元妻の名は一行も残らなかった。
だが、それでいいのかと考えてしまうのが俺の悪い癖だ。
法律は、感情に無関係に進む。それが仕事、俺の役割だ。

やれやれ、、、俺の仕事は終わらない

「やれやれ、、、」
誰にも届かないつぶやきを、電卓の上でこぼした。
人生の登記簿に、真実を書く欄は存在しない。

そしてその女は誰だったのか

真夜中、俺は机の引き出しに入ったままの紙束を見つめていた。
結婚相談所の帰り道、泣いていたあの女。
もしかすると――彼女こそが、本当に何かを守りたかった登記人だったのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓